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文学・評論 その11「戦争が廊下の奥に立ってゐた 渡邊白泉」


本 渡邊白泉の名前は知らなくても、テーマに掲げた「戦争が廊下の奥に立ってゐた」の詩を知っている方は多いかと思います。これは白泉が26歳の時、昭和14年(1939年)に詠んだものです。昭和12年に始まった日中戦争がドロ沼の様相を呈し始め、昭和16(1941年)年の12月には真珠湾攻撃が敢行され、太平洋戦争に入って行きます。昭和14年では日本の国内の雰囲気もまだ戦争に対して楽観的な雰囲気もあったのではないかと思います。しかし、昭和13年(1938年)には国家総動員法の制定、昭和15年(1940年)からの大政翼賛会(1945年、終戦の年まで存在)、昭和16年(1941年、以後西暦省略)には治安維持法の制定、と、時代がだんだんキナ臭くなり始めている事を敏感に感じて渡邊白泉はこの詩を詠んだのではないでしょうか。

既に日中戦争は始まっていましたが、未曾有の第二次世界大戦が始まるのはヨーロッパで昭和13年、日本は三国同盟から対米開戦(太平洋戦争)に及ぶ昭和16年からとなるのでしょう。この詩を始めて見たのがいつだったかは思い出せませんが、かなりのインパクトを覚えました。詩の、どことなくオットリとした雰囲気とは違い、「廊下」という日常の中に「死」と同義ですらある「戦争」が忍び込んで来た。まさに、ふと気が付くと、でしょう。インパクトというより、かなりストレートな恐怖感でした。
   
この詩を詠んだ同年に「憲兵の前で滑って転んぢゃった」という歌も詠んでいます。その前年である昭和13年には「銃後といふ不思議な町を丘で見た」という詩も詠んでいます。白泉の心の中には、「戦争」というものが「うすぼんやり」とした不安のようなものから、「廊下の奥」にそれを見つけた時、その感覚が明らかに戦慄すべき時代の流れを捉えていたのだと思います。白泉は若くして新興俳句運動の「旗手」として注目を集めましたが、戦前の治安維持法違反の嫌疑により検挙されます。起訴猶予とはなったようですが、以後の執筆活動は禁止され、作品の発表もままならず、鬱々とした日々を送った事でしょう。当時、台頭してきた軍部と対立すれば、ほぼ間違いなく、白泉の当時の名声から考えればその命を狙われていた筈です。

白泉には戦争を詠んだ詩が多く、季語もなく、口語体で詠んだその歌は「反ホトトギス」の「旗手」と謳われていたようですが、これは私的見解ですけど、恐らく、正岡子規が復活させた俳句の写実主義、季語と余韻を持って「自然の景色」を切り取る、といったものを否定してはいないと思います。子規の時代にも戦争(日露戦争)はありましたが、日本はアジアの新興国として近代化への道をひた走り、古い「日本美」を忘れかけている(捨てようとしている)事に、子規はまさに「ホトトギス」のように血を吐く思いで俳句を復活させたのであり、その子規のどこに「反」を翻す必要があったのでしょうか。

ちなみに「子規」とはホトトギスの事で、甲高い声で泣き、口の中が赤いため、血を吐くまで鳴くとされているようです。話を元に戻しますが、「反」とは否定ではなく、当時の社会ではもう子規が復活させた形式では、詩が詠みきれなかったのではないかと考えます。作家と社会との関わりが「極めて政治的」にならざるを得ない、つまり、明治という時代とは違って、国家という集団幻想に高揚する事も無く、対峙する局面が次第に大きくなってきたという社会背景があるのではないでしょうか。その中で、俳句という形式を以って「表現」しようとする時、白泉の「言語力」が社会を貫くパワーを持つため、必然的に先鋭化していったのだと思います。
    
誠に「後出しジャンケン」のような事を言いますが、この渡邊白泉の詩は、「文学」というジャンルではなく、「社会」もしくは「歴史」というジャンルの中で書くべきだったかもしれません。「戦争」というものを背景として、その時代の空気と直面した時、文士の自由な心は弾圧の中で「沈黙」と「信じる言葉の力」の間で、どうしようもないジレンマを感じてしまうものと思います。白泉は「ツイていない」と評されることがあるようですが、作家としての社会的成功はどうであったとしても、彼が遺した詩は今でも社会を貫くだけの力を持っています。

「戦争が廊下の奥に立ってゐた」などは尋常ならざる白泉の感覚が言葉の力で叩き出した一句でしょう。誰もがこの詩を見て、ハッとする時代があるのだと思います。日常の中に知らず知らずのうちに入り込んでくる静かな、しかし確実な「狂気」。そう表現するしかありません。その中でどれだけの「正気」を保ち得るのか…。白泉は昭和20年の終戦時、32歳で次のような詩を詠っています。「玉音を理解せし者前に出よ」。まさに渾身の一撃、バットの真芯で捉えた一直線のライナーです。昭和44年に、56歳でその寿命を終えますが、俳句という凝縮された言葉の中に、万言でも尽くせぬ思いを石に刻み込むように残しています。今一度、唱えてみたいと思います。「戦争が廊下の奥に立ってゐた」。文字でしか切り取れない「絵」です。

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