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文学・評論 その13「小林秀雄 解釈を拒絶して動じない美」


本 小林秀雄は「難解」であるそうです。2013年のセンター試験で氏の随想が採用され、その国語が過去最低の平均点を記録し、5割にも満たなかったとか。確かに、私も、小林秀雄の文章を試験に採用するなどは「個人的な趣味」で問題を作り、公平であるべき「試験」の機会を非常に不公平なものにした、と思います。しかし、小林秀雄の作品(批評)を「難解である」とは思いません。かなり乱暴な例えなのですが、もし「利休の茶器と織部の茶器、どちらが優れているか」などと聞かれれば、私は「どちらも優れている」と答えます。そして「それは質問になっていません」と答えた後に、それぞれの茶器について自分の考えを言うと思います。小林秀雄の作品(評論)に対してはそのような態度で良いと思います。質問ではないのですから「答えようが無い」のは当たり前で、それは「難解」故ではなく、そのようなものですから試験に採用すべきものではないと単純至極に思います。しかし、受験生諸君もさぞ苦労したでしょう。出題されたのが「鐔(つば)」ですから。

ある大学の論理学・哲学の教授に言わせれば小林秀雄の論法の特徴は「逆説・ニ分法・飛躍・反権威主義・独特の楽観主義」があるそうです。これらが混ざれば「難解」とならざるを得ないのでしょうか? この特徴の中で「逆説・飛躍」などは鍋釜同様に、言葉を駆使する者にとっては当たり前の「お道具」ですから特に語るべき事は無いのですが、「ニ分法」と言っているのにはちょっと引っ掛かります。二分法には、数学でのアルゴリズムと、対立概念を2つ並べて論を勧める方法とがありますが、ここで言われているのは当然後者。私は二分法なる言葉は使いません。二元論という言葉を使います。

例えば「生と死」「美と醜」「真実と嘘」「優と劣」「月とスッポン」。どちらでもいいのですけど、私自身、この論法は嫌います。そのように問われれば、どちらかの選択を迫られる訳で、全ての事象はグラデーションのような位相の中で語られ、語るものと考えていますから。つまり「思いの濃淡」はあっても「思いの選択」は無いという事です。小林秀雄は二分法などを迫っているのではなく、彼は「言いきっている」のです。一つの考え方として「強く」。これは、分かりやすい事だと思いますけど。「難解(おかしな)」な文章や言葉を発する人はたくさんいますよ。会社に…。でも何かお互いに通じているみたいで、そっちの方が難解ですけど。
    
小林秀雄という「思考回路」がどのように出来上がったのかを彼のケースヒストリー(生い立ち)からは探れません。その辺りは三島由紀夫とよく似ているように思えるのですが、当たり障りのない目で見れば、時代のエリートです。恐らくは三島由紀夫が学習院中等科の時に「詩はまったく楽に、次から次へ、すらすらと出来た」と言っているように、小林秀雄もそのように「物事を捉えた目から、すらすらと言葉が生まれてきた」のでしょう。三島由紀夫の場合は多少屈折した少年期を過ごしたことがうかがえますが、小林秀雄にはその辺りの匂いも感じられません。戦中、終戦、戦後という時代の激動期をサラリとすり抜けている感もあります。その事で、「知識層としての責任」のようなものをチクリとやられることがあっても、彼は「時代の必然性ともいえる戦争」について殆ど言及していません。私はそこに、「人文・思想その12」に「国学、本居宣長」のテーマで書いた、<宣長は「何故?」「どうして?」「何?」は永遠に答えの出ない堂々巡り(質問の再生産)に陥ってしまうとして、いちいち理屈をつけねば実体化しないものを排しているのです。>という事が、まさに当てはまると思います。

まあ、小林秀雄の代表作にその「本居宣長」がありますけど。あの戦争を語れば、まさに「永遠に答えの出ない堂々巡り」となります。如何せん、一瞬にして価値観のひっくり返った出来事ですから、「魔女狩り」のようなものに付き合う気はさらさらなかったのでしょう。で、彼は終戦の翌年に「モオツァルト」を発表しています。お恥ずかしい話ですが、あの作品がそのような時期に発表された事、けっこう最近まで知りませんでした。それを知った時、焦土と化した日本の風景と「モオツァルト」がどうしても馴染まず、何とも言えぬ違和感を覚えたものです。それは今もありますけど。あの「かなしさは疾走する。涙は追いつけない」という言葉がそのような時代に生まれていたとは…。また、同じ年に発表されている「無常という事」の中にある「解釈を拒絶して動じないものだけが美しい」という言葉。ここに、まさに彼の真髄のようなものがあるのだと個人的に感じます。
    
小林秀雄という思考回路にはキラキラと言葉が走り回り、そこには時代や社会からの「異物」を強力に拒む「結界」が張られていたのではないかと思います。話がまたセンター試験に戻りますが、この「鐔(つば)」は1962年に発表されたものという事ですが、私は読んだ記憶がありません(多分)。しかし、いかにも小林秀雄らしい表現に溢れているではないですか。「鐔という生地の顔が化粧をし始め(中略)化粧から鐔へと行く道はない」。私事ですが、日本刀が好きです。もちろん本身も数振り所有しています。拵えも何種類か持っていますが、その中にはおそらく江戸末期であろうと思われる鐔がいくつかあります。余談ですが、この鐔には様々な意匠のものがあって、根付(煙草入れや、印籠の紐を束ねる細工物)と同じように熱心なコレクターがいます。刀の細工物では目貫(刀の柄に編み込まれた細工物)などもコレクターが存在します。

余談ついでですが、私は無造作に打ちっぱなした鍛造の鐔と蟷螂の目貫が好きです。話を元に戻しますが、先の小林秀雄の言葉は、日本刀に造詣があり、鐔のコレクターだからといって必ず頷くような文章ではありません。なぜなら、ここでの鐔は「嗜好」の世界のものだからです。しかしながら、頷けないとしても否定する事もありません。百人くらいの鐔コレクターが集まれば、一人くらいはこの小林秀雄の言葉に対して大いに頷く者がいるかもしれません。私は鐔コレクターではありませんが、実は少々、「化粧から鐔へ行く道はない」という言葉に思い当たる事があるのです。

象嵌などで美しくデザインされた鐔がありますが、そのデザイン部分と鐔そのものが分離しているような落ち着かないものが確かにあります。おそらく職人が予め、このように作ろうと思って細工したのでしょうが、如何にも「取って付けたような」、まさに「厚化粧」とでも言いたくなるようなものがあります。これは如何に巧みに作られていようが、もはや鐔とは呼びたくもないようなただの装飾鉄板です。鐔の化粧とは「鍛え」であり、鍛造の結果として、本来は戦闘道具の一部である鐔の美しさが現れるのだと思います。とまあ、そんなのは極めて趣味人的な解釈なのですが、もしかしたら、小林秀雄(氏が鐔マニアかどうかは知りませんが)の目には鐔の持つ美しさがそのように感じられたのかもしれません。

「当麻(たえま)」での、世阿弥の「風姿花伝」の言葉を受けての「美しい花がある、花の美しさと言うようなものは無い」を私流に解釈すれば、「美しさなどというものは最初から花に約束されているものではなく、その花自体の研鑚と、それを美しいと思う人の心の働きから生まれる」、です。「美しい花」というのは、それを眺める者がいてこそ、という事でしょう。能の「芸」に対しての評論ですから、「花」を「芸」に置き換えて見ればよい訳です。さて、この解釈は「正解」ですかね、「不正解」ですかね、試験官殿。

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