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文学・評論 その14「江戸川乱歩 天才? 奇才? 異才? 自らが怪人」


本 引っ越しをする時にまず、荷物を極力少なくするために「本」を処分します。賞味期限が切れた「実用本」から破棄していきますが、小説の類は「いつかまた、内容を忘れてしまった時に楽しめる」と思って、取っておくので、これは中々減らず、どんどん増えて行きます。慌ただしい引越しの中で段ボールに詰めて永くそのまま押入れに、という本もたくさんあります。で、今回の引っ越しの際、引っ越し先で本棚を増やし、「そろそろ、内容を忘れているだろうからまた楽しもう」などと、永らくホッタラかしてした本を並べてみると、あらまあ、こんな本が…、というものがゾロゾロと出てきました。

その中のひとつに「江戸川乱歩名作集」なるものがドッサリありました。エドガー・アラン・ポーは知らなくても、江戸川乱歩をご存知でない方はあまりいらっしゃらないと思います。発行所は「春陽堂書店」。初版が昭和30年代で、買ったのは昭和40年代の30~40版目くらいのもの。私が手元に残している本の中でもかなり古いものです。もう、紙も焼けて、中々に良いレトロな雰囲気の本になっていますが、これをまさに貪るように読んだのは中学生の頃です。
    
タイトルは有名な所で「陰獣」「心理試験」「屋根裏の散歩者」「人間椅子」「踊る一寸法師」「パノラマ島奇談」「芋虫」等々。「二銭銅貨」は一応、江戸川乱歩のデビュー作といわれていますが、実際は他の作品がデビュー作だったようです。乱歩が1923年(大正12年)に発表したものです。明智小五郎が初登場する「D坂の殺人事件」、「人でなしの恋」「押絵と旅する男」「五階の窓」「灰神楽」などなど。江戸川乱歩といえば「怪人二十面相」が有名で、少年探偵団と明智小五郎の活躍はよく知られていると思いますが、私はこちらの方はあまり読んでいません。少年向けの作品です。ザッと記憶にある作品としては「怪人二十面相」「妖怪博士」「青銅の間人」「透明怪人」「奇面城の秘密」「サーカスの怪人」などは読んだ事がありますけど、内容はスッカリ忘れています。

乱歩に夢中になっていたのは中学生の時ですから、まあ今はオッサンとはいえ、その頃は「少年」の類に入っていた筈ですけど、乱歩の少年ものにはあまり興味を示すことなく、先のような作品ばかり読んでいました。まさに時代背景がそうであったからなのか「エロ・グロ」を超えて「猟奇」の世界です。別に、私にそういった嗜好がある訳ではないのですが、乱歩の世界に、強烈に惹き付けられました。その妖しさは乱歩の「うつし世(現世)は夢 夜の夢こそまこと」という言葉に凝縮されていると思います。
      
そんな作品の中で最初に詠んだのは確か「陰獣」だったと思います。タイトルだけでもう怪しい…。中学生の私にそんなタイトルの本は気恥ずかしくて、書店で買えません。確か、高校生の先輩が貸してくれたものと記憶しています。読んでみると、まあ何という内容。当然、子供向けではありません。しかし、その「面白さ」「初めて味わうイメージ」に、もう夢中で読みました。そこからは、とにかく読みたいが故に書店で江戸川乱歩の本を次々に買いました。本好きの人はそうだと思いますけど、興味のある作家に出会うと、その作家の本を読み尽くすまで読むと思います。私もそうです。私は同じおかずが毎日続いても平気ですから(って、それは違うか…)。恐らく、江戸川乱歩の「少年向け」作品以外は殆ど、その頃に読んだと思います。「椅子人間」や「屋根裏の散歩者」などはその淫靡さに、コソコソと隠れるようにして「夜」読みました。当然、何某かの「背徳」めいた後ろめたさを感じながら読んでいますので、本も親に見つからないように隠して…。とは言え、淫靡さにのみ惹かれて読んでいた訳ではなく、生まれて初めてといってもいい位、小説はこんなに面白いのか、と驚きさえ覚えました。

本サイトでは「書評」はやりませんし、ネタバレになる様な事も書きませんが、「二銭銅貨」や「心理試験」「D坂の殺人事件」を読んだ時は、いわゆる推理物の楽しさ、トリックの楽しさも味わいました。しかし、自分の読書経験の中で、いわゆる「探偵小説(古…)」「推理小説」に傾倒する事はありませんでした。むしろ、あまり好きではないので読まなかったといってもよいと思います。これは「好み」でしょうが、(偏見承知で)ストーリーよりも「トリック」が語られることに面白みを感じなかったのと、推理物はその殆どが「○○殺人事件」のように、「人を殺さないと始まらない話」という事に抵抗があったからです。江戸川乱歩も私の中では「推理小説家」といった認識にはなっていません。魅力はあの、ストーリーテラーの力です。
     
私は文士なるものに「品行方正」「聖人君子」である事など関係ないと思っています。江戸川乱歩は私生活でも様々な嗜好をお持ちだったようですが、社会的には紫綬褒章も受け、堂々たる名士です。プロデューサーとしても精力的で、筒井康隆や大藪晴彦、矢野徹などの才能の発掘から、晩年にはいわゆる空想科学小説(SF)に興味を示し、日本のSF界の黎明期に大きく貢献しています。というより、この乱歩がいなかったら、本篇の「文学・評論その3」で書いた「日本独特のSF」は生まれなかったのではないかとすら思います。そんな江戸川乱歩は、その業績に敬意を込めて「大乱歩」と呼ばれています。映画や演劇、マンガへも広くそのベースを提供している江戸川乱歩の、日本の「昭和文化」に対する影響は比するものが無いほどに大きなものです。しかし、私はその「大乱歩」の業績に対して、その評価はどこか偏っており、「見合って」いないとけっこう強く感じています。江戸川乱歩賞といえば、長編推理小説のビッグタイトルであり、数々の才能を世に出していますけど、芥川賞、直木賞のように(失礼ながら)その先がなかなか続かない作家の名誉賞の方が世に喧伝され過ぎているように見えます(あれは今や、作品ではなく、作家を売っています)。それは何故か? 

やはり、推理・SF小説というものがこの国の「文壇」なるものから少々低く見られているからではないでしょうか。あのアカデミー賞でも、SF映画は作品賞という頂点には一度も立てず、敬遠されているように思えます。「2001年宇宙の旅」「E・T」「スターウォーズ」でさえ。やはり、まだまだ江戸川乱歩程の才能の系譜をもってしても、その正当な「文学」としての評価は得られないのでしょうか。あの小松左京、筒井康隆でさえ直木賞には縁がありません(半村良はSFではなく、人情小説で直木賞を取っています)。江戸川乱歩の作品にイデオロギーや主張がないと言われる事もあるようですし、その作品「偉大なる夢」が軍国日本賛美の小説であるとの批判も一部にあるようです。それには頷きますが、小説の本質はエンターテイメントであると考えている私には、むしろ、イデオロギーや人生観などを濃厚に出された作品は「鼻につき」ます。

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