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文学・評論 その29「あんな男、見たことがない アルチュール・ランボー」


本 「あんな男、見たことがない」というコピーは、かなり昔のことですが、ある洋酒メーカーがTVCMで、ランボー(1854-1891)を模したキャラクターを使った時のコピー(だったと思います)です。そのTVCMは、砂漠をボヘミアンのように楽隊を引き連れたランボーが拍子をとりながら行進していくという、幻想的で狂想的な趣の映像だった記憶がけっこう強烈に残っています。それを見た時、自分が持っていたランボーのイメージと妙に合致してしまいました。「文学・評論その28」で、中原中也とランボーとが、私にとっては同じような言葉でそのイメージがダブッってしまう、ということを書きましたが、その言葉は"Laughing Skull" 、「髑髏の乾いた嗤い」です。そして、両者のイメージが違うのは、その背景が「雨」であるのか、「乾いた砂の荒野」であるのかです。もちろん後者がランボーです。
ランボーの訳詩は、堀口大学、小林秀雄など様々な方が手掛けています。中原中也も「ランボオ詩集」を出版しています。ちなみに、ランボーの表記の他、中原中也のようにランボオとしているものもありますが、実は私、最近まで(癖なのか?)ランボウと書いていました。まあ、ランボーが一般的でしょうが、彼の名である "Arthur Rimbaud" を見て最初にランボウと口にしたのが頭に残っているのでしょうね。フランス語は分かりませんけど…。

で、ランボーの詩ですが、中原中也の詩同様に私は落ち着いて読むことができません。やはり、その「乾いた嗤い」のようなものを受け入れることができないのです。個人的なことですが。勝手ご容赦でいえば「ランボーの詩は、あまりにも奔放すぎる」という感情です。「奔放」は文学作品にとって重要なことではないか、と反論をいただきそうですが、どうにも「オイオイ、ちょっと待てよ」と、息を切らせながら後を追っかけて行かざるを得ないような感覚を覚えてしまうもので…。昔、週刊プレイボーイで今東光の「極道辻説法」という連載がありましたが、そこに「僕にはランボーが分からない。だから、少なくとも僕にとってランボーは価値がない」という投稿がありまして、それに答えた今東光のタンカが奮っていました。「バカヤロー! てめえなんぞにランボーが分かってたまるか! ランボーが分かるのはランボーに近づこうとしている奴だけだ!」と、(確か)このようなお言葉を投げ返されていたように記憶しています。これは痛快でした。そうなんです、私もランボーに近づきたくて追いかけてはみるのですが、はるか後方でヨタヨタとしていたのが事実です、ハイ。

今、ランボーを改めて読もうとは思いません。オヤジとしては、あの言葉の奔流の中に飛び込もうという気になれません。しかし、嘗て持っていたランボーへの印象は強烈でした。どの言葉にというのではなく、とにかく、読んでいると息苦しいくらいに弄ばれ、時には鋭利な言葉で知らぬ間にサクッとやられたような気分になったり…。もっとも、読んでいるのは訳詩ですから、フランス語で直接読んでいたらどうなるのやら。ランボーが読みたくてフランス語を勉強したいとは思いませんでした。友人にはバルザックを読みたくてフランス語を勉強していたやつがいましたが。

それほど映画に通じているわけではありませんが、洋画好きには有名なランボーの詩の一節、ゴダールの「気狂いピエロ」(今なら、差別用語でしょうが)のラストシーンに流れる「見つかった。何が、永遠が、海と溶け合う太陽が」という詩は小林秀雄の訳詩のようですが、エンディングの余韻を残す情緒豊かな詩のように思えますけど、この辺りにも「ランボーを追いかけるのは、もうやめよう…」という、苛立ちに近い気持ちがザラついた思いとともに私の中に湧きあがってきます。おそらく私には理解できないことがあるのでしょう。その当時の「西欧文明」と「神」との修羅場を…。日本人である以上、そうしたものに触れることもなければ、支配されることも、そこにある不条理を真の意味で知り得ることはできません。これは諦めなどではなく、事実です。ランボーの作品に記される「地獄」とは、どのような景色なのでしょうか。その地獄と、乾いた嗤いをもって対峙し、強烈なエネルギーを放ったランボーの詩。ここは、中原中也に感じる「拗ね」のようなものとは次元(高い低いではなく)が違うでしょう。

最後は余談じみてしまいますが、ランボーのイメージと重なる存在がもう一人います。グラムロックムーヴメント(個人的にこの言葉は好きではありません)の雄、T・レックスのマーク・ボランです。その童顔と同性愛、夭逝の天才、体がボロボロになった晩年等々、ケースヒストリーもさることながら、「音楽なんてこんなもんさ、余計なことはしなくていいから踊ろうぜ」って言いながらとんでもないグルーブ感に身を漂わせてくれるところです。こっちの方は単純にノリノリで行けるのですが、常に見透かして「乾いた嗤い」を浴びせてくるところが妙に似ているような…。

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