テキトー雑学堂 タイトルバナー

文学・評論 その5「気骨、反骨、骨太、硬骨 宮武外骨の生命力」


本 宮武外骨の存在を初めて知ったのは学生の頃だったかと記憶しています。何かで読んだのか、TVの番組で見たのか、そこらへんはハッキリとしていないのですが、その時のイメージは外連味(けれんみ)満々の名前と、「明治期の気風そのままの反骨ジャーナリスト」という、どこにでもありそうな平べったなものでした。外骨が出版した刊行物の「滑稽新聞」と、あの頭が割れたマンガ風の外骨の似顔絵(?)は記憶に残っていました。しかし、改めて何かの本で読んだ外骨は、何と評していいのやら分からぬ、とんでもない「ハネッカエリ」であった事を知り、その原動力はまさに「生命力」そのものであり、反骨が「=生きる事」であったような存在に少々驚きました。

個人的な事なのですが、所有している書籍の中に外骨に関する本があったはずなのですけど、大分処分したのと、家に置いておくと部屋が狭くなるので家人の実家に箱詰めにしておいてもらっている本もあったりで、外骨に改めて接したはずの本が見つかりません。で、もう一度、外骨に付いて書籍やWEB情報で調べてみると、やはり、このオッサン(失礼)、破綻寸前の綱渡りを堂々とやっており、その神経の太さだけでも尋常ではありません。
  
ちなみに、「外骨」というのはペンネームだと思っていたのですけど、戸籍上の本名だそうです。もっとも、生まれた時に親がそんな素っ頓狂な名前を付けた訳ではなく、元の名前は亀四郎で、その亀が「外骨内肉」であることから外骨と17歳の時に改名したようです。どこで名前を書いても「本名でお願いします」と言われたそうで、そりゃそうでしょうね。で、この外骨を称するに、ジャーナリストと呼んでも間違いはないのでしょうが、その枠だけでは収まりそうもないでしょう。新聞記者、編集者、著作家、であることはもとより、新聞や風俗の研究家、評論家、事業家、どう称しても間違いではないのでしょうけど、私はズバリ、「タレント」であると言いたい。人物そのものが社会の耳目を集め、その存在感を世に知らしめていた訳ですから。反権力を貫くジャーナリストとはいえ、その暴発的な批判精神は、時に我が身を窮地にも追いやる事もあった訳で、そこには(失礼ながら)「深謀遠慮」なるものがあったかどうか少々疑問ではあります。ある著書の中で自らの出自を当時の「差別語(書けない言葉です)」で語り、それを一族のものが自分たちに不名誉・大迷惑が及ぶと非難した時、それこそが差別であると反論したのは痛快ですが、その「差別語」を他者への非難に使ったという形跡もあるようです。
  
とはいえ、外骨が桁の違う反骨人であったのは事実であり、その対象は当時のマスコミ、官僚、政治家に対しても、一歩も引かなかった事のみならず、「頓智教会雑誌」で大日本帝国憲法発布をパロディ化(おちょくってます)し、不敬罪で禁固3年の刑に服したのは、酔狂を通り越して精神の怪物であると思います。有名な絵ですが憲法発布式で明治帝の立ち位置に「骸骨」を立たせたのです。不敬罪といっても危害を加える訳ではありませんから、死刑までは適用されませんが、この不敬罪の適用範囲は広く、「冗談ですよ」では終わる筈がないものですから、外骨はもう確信犯というか、大向こうに見栄を切るような素っ頓狂をやってのけたという事です。昭和初期でしたら国粋主義者に命を狙われたでしょう。
  
とにかく、外骨の反権力は止まるところを知らず、官僚を敵と見なし、その後も検挙投獄は数回におよび、警察署長や悪徳商法の不正を紙面で徹底して暴露し続けたり、同業者であるマスメディアにも、自らの立場を利用して私欲を働く輩を「ユスリ記者」と激しく批判し続けました。まるで、世の中すべてを敵に回しても平気であるかのように。そのバックボーンとなったのは「滑稽新聞」のヒットでしょう。Wikipediaからの引用ですが、そのモットーは「威武に屈せず富貴に淫せず、ユスリもやらずハッタリもせず、天下独特の肝癪(かんしゃく)を経(たていと)とし色気を緯(よこいと)とす。過激にして愛嬌あり」だそうで、縦横無尽に時事批評から下世話な話題まで網羅した訳でしょう。何度も検閲のために発刊が遅れたりしたようで、その事さえもネタにして「例の延刊」を表紙に載せたそうです。発行部数は八万部で、トップクラスの雑誌だったようです。縦組みの文字を横に読むと他の文章(他者への批判)になっていたり、挿絵のレベルが高い事も人気の秘訣だったのでしょう。類似誌も多く出されたようですが、外骨の毒舌にかかれば「猿雑誌」の一言で終わり。
   
結局「滑稽新聞」は発行禁止になりますが、その最終号が「自殺号」。その後、すぐに類似の雑誌を創刊して、とんでもない事に明治の元勲たちの死期を当てるという懸賞を企画したり…。終戦後までそのハチャメチャ振りは続き、発禁と創刊、発行誌の事業的失敗を繰り返し、戦後はGHQによる検閲や発禁処分も度々受け、GHQの民主主義に「何が言論の自由か。戦前の日本と何も変わらぬ」と噛みついています。その逸話、実話を上げて行けば、キリがありませんが、私が一番瞠目するのは、その外骨の反権力・反骨精神の持つ桁違いのエンジンです。ものを言う事に命が掛かっていた時代です。

そのエンジンを回すのは、何だったのでしょう? 名誉でもないような、栄華でもないし、トーンダウンしてしまいそうな言い方ですが、「生まれついての性格」なんでしょうか? 時代とその社会が生んだ「警鐘装置」としか言いようがありません。それを個人が萎える事も無く持ち続ける事が出来る精神力は尋常ならざるものです。反骨の士は多々あれど、この外骨ほどの尽きぬエネルギーを持った人物はそうそう見当たりません。最後ですが、私が一番不思議なのは、宮武外骨という人物は一体、「何を以て理想としていたのか?」「何を求めての行動だったのか?」という事です。未だに分かりません。「そういう性格だった」では全く実も蓋もない訳で…。

文学・評論 目次へ



【商品検索】Powered by Amazon

↑「すべて表示」をクリックするとAmazon.co.jpの検索結果一覧に移動します。

■これからギターを始められる方のご参考にでもなれば。
木の音 バナー
「あれこれブログ風」サイト
「不思議」「怖い」「変」を普通に考える。 バナー
「花を楽しむ」サイト
花を飾る バナー


■サイトポリシー ■プロフィール
■お問い合わせ
ページトップへ戻る

Design by Megapx / Template by s-hoshino.com
Copyright(C) Ureagnak All Rights Reserved.