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人文・思想 その11「日本はやはり、分かり難い国…? 神道」


本 よく日本人は「自分たちの文化は他の国とは違う」「日本の文化と国民性は特殊である」とか「日本人は自らを世界の中で異質と思いつつ、世界の人が自分たちをどう思っているか気にするアンビバレンス(両価感情)を持っている」と言われます(日本人がそう思っているだけかも…)が、私自身は確かに「日本の文化」を世界の中でも「分かり難い(理解させ難い)文化」であると思っています。サミュエル・P・ハンティントンの名著「文明の衝突」でも日本のポジションは世界のどの文明グループにも属していません。まさにポツンと一人いる、といった様相です。ハンティントンの言葉を深読みすれば、それは日本という国土(島国)が最もその日本に適した文化を生み出し、それがあまりにも「日本的(類型がない)」であったから、というようにも取れます。

何やら禅問答のような表現ですけど…。私はこのハンティントン的考え方に同感なのですが、文化という面で考えれば、その大原則は「文化変容(acculturation):文化はより高次な文化に吸収される(厳密な定義は難しいのですけど)」であり、そこから考えると、日本という国の文化はある意味でどこにも吸収されていません(消えない)。クリスマスから大晦日、そして元旦と、「日本人は10日も経たない間に、キリスト教と仏教と神道の三つの文化に変わる」国ですが、これは何者にも吸収されず、逆に吸収して平気な顔で並列させている、とも考えられます。
    
不謹慎ながら、その面白さをこのサイトの「社会・政治その4」の「カレー大国日本 他国の文化を取り込む力」で書きましたが、他の文化を取り込みながら、その文化をアレンジし、涼しい顔で自国の文化に取り入れていく日本とは誠に不思議な国であると思います。何故、そのような文化を持っているのでしょうか? 私はそこに「神道」の存在を強く感じてしまうのです。私は特定の宗教に属する者ではなく、とはいえ神仏も否定しません。また、宗教学者でもないのですが、どうにも「神道」の世界にこの国の「特異」な所を感じてしまうのです。

神道は日本の宗教ですが、他の宗教と違って、まず「~教」とは呼びません(呼べません。神教なんて言えば、そのマンマすぎて何の宗教か分かりません)。神道教なんて聞いたこともありません。更に他の宗教と比べ、特異な点は多くあります。「絶対神(全知全能の神)」がいません。「現生」を語りはしますけど、前世や来世などという観念も私が知る限りありません。そして「教祖、経典」もありません。「教祖」を天皇家、「経典」を古事記、日本書紀と見る人もいるのかもしれませんが、戦後の日本人であれば分かりますよね。天皇を宗教的な教祖として扱っている事実はどこにもありませんし、古事記、日本書紀は古典です。
   
神道での神々の体系はまず最高神とされるのが「造化の三神」である「天之御中主神(あめのみなかぬしのかみ)」「高御産巣日神(たかみむすひのかみ)」「神産巣日神(かみむすひのかみ)」の三柱(柱は神道での神の単位)。その次に「宇摩志阿斯訶備比古遅神(うましあしかびひこぢのかみ)」「天之常立神(あめのとこたちのかみ)」の二柱。この五柱の神を特別な存在として「別天津神(ことあまつかみ)」と呼ぶそうです。この五柱の神の特徴として「すべてが”独神(ひとりがみ)”であり、男女の性別も、加えていえば「人格神」でもないという事です。この中で「天之御中主神(あめのみなかぬしのかみ)」が最高神としてその頂点に立ちます。その後に続く「神世七代(かみよななよ)」の神には独り神もいますが、男神、女神がいます。その中にはわれわれに一番馴染みのある「伊邪那岐命(いざなぎのみこと)」と「伊邪那美命(いざなみのみこと)」がいます。この辺りを正確にお知りになりたい方は、資料には困らないほど書籍が充実していますのでお調べください。諸説紛々という程の世界ではありませんから。ただ神の呼称、体系は色々あるようですけど、神道が「拠って立つ所」に何の影響(論争となる様な事)もありません。
  
日本の「神道」は宗教学でいうところの「アニミズム(原始宗教)」であり、多神教です。しかし、それが「絶対神」の一神教へと発展するような歴史は持っていません。一神教である仏教ともキリスト教とも、この国の中で仲良く同居しています。私が、先に述べた「この国の特異な文化のコアに神道があるのでは?」というのは、神道にはその中央に「確たる存在がいながら、それは何とも交わらず、何も支配せず、何も求めない」という事です。日常的なことばでいえば「頓着しない、こだわらない、主張もしないが何にも影響を受けない」という事になるでしょうか。

まさにここが日本文化のコア、特質ではないかと考える訳です。「日本人が世界での評判を気にする」というのも、それはどこの国も同じです。ただ、それが「好奇心」から発するものであるなら、まさに「気にしまくる」という事です。日本を「猿真似」と侮る言葉もありますが、「知識欲旺盛、学ぶ(語源の”真似ぶ”)力旺盛」と取れば良い事です。真似だけから「ウォークマン」は生まれてきません。これほど左様にどんなものでも受け入れて、尚且つ、それらに支配されることもない。ハンティントンが言うように稀有な文化を持つ国であると、日本人である私自身がそう思います。
    
神道には「神ながらの道」というものがあり、それは「人為的な意思を加えず、神の意のままに」ということだそうですけど、「神の意のままに」と言われても何の「意思」も神道では示していません。神道の特徴である「禊・祓(みそぎ・はらえ)」といっても、要は「身ぎれいにして、身の回りを穏やかに保つよう」ということに他なりません。日本人はきれい好きといわれる由縁はこの辺りにあるのでしょうか。また「支配、服従、契約」等々、何も要求してきません。要求しているとしたら「汚い心身で近づくなよ」位でしょうか? 「日本人は薄ら笑いを浮かべて、何を考えているのか分からない」とも言われているようですが、要は「何も考えていない」だけでしょう。支配も服従も、契約さえも求められていない日本人は、本来、相手に対してもそれを求めない心性をもっているのではないでしょうか。であれば人に対して特段、「何か」を最初から考える事もないでしょう。アクションに対してリアクションするのみ。

そう考えれば、危機感からアジアで「アッという間」に欧米に肩を並べる軍事大国を作ったかと思えば、負けて「アッサリと」手の平を返したように、即、世界に誇る「平和憲法」を以って民主主義国家となってしまう…。その辺りの事が、神道をベースにすれば何となく分かるような気がします。だから、世界の方々は日本を深読みしないように願いたいものです。そんなに警戒するようなことを考える国ではありませんから。「あるがまま」なんですよ、この国は。変に刺激すると、リアクションで「ゴジラ」になってしまうかも…。

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