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人文・思想 その21「宇宙戦艦ヤマト…  日本人にとって大和とは?」


本 少々堅苦しい前提ですが、「大和、倭、大倭、ヤマト」というものを考えようとする時、それは「人文科学」「社会科学」「自然科学」、どの領域からアプローチして行けばいいのか、ふと戸惑います。要は、どこからでもアプローチできるのですが、その「本質」めいたものに届こうとすれば、やはりそれは「日本人の情緒・思想」に絡むものだと考えますので、「人文科学」的なアプローチが妥当であると思います。本サイトでは何度か「戦艦大和」について取り上げていますが、ここでは「大和」そのものについて考えてみます。冒頭の「「大和、倭、大倭」は全てヤマトと訓読みできますが「日本」も同様です。「大和」の二字が用いられるようになったのは元明天皇の治世(707年~715)で、国名とする事が定められたようですが、その「ヤマト」の語源には諸説あって、「山のふもと」という大変に分かりやすい説があります。よくいわれる「邪馬台(ヤマタイ)」が「ヤマト」に変化したという説もありますが、それでは「邪馬台」とは、という疑問の循環が起きます。

ヘブライ語で「ヤ・ウマト」=「神の民」で「ヤマト」という説もありますが、これは「日ユ同祖論」で「失われた十部族=日本へ」という中でのお約束のような解釈だと思います。ヘブライ語は「母音」を表す表記が無い(少ない)ため、子音による表記となり、発音を正確に文字から再現するのは難しい、というより何通りもあるでしょう。当時の正確な発音は残っていないと考えるのが妥当です。個人的にはやはり「山(生活の基盤となる土地、陸の具体的象徴)」という言葉から派生したものと思います。「倭」という表記は中国が日本を指して当てたものなので、元の発音は「ウオ」といったものでしょう。これもなぜ「倭」なのかには諸説ありますが、私はあまり良い意味では捉えられません。字自体はおかしな文字ではなく、「慎み深い」とか「従順」とかはありますが、あの国には大中華の「周囲の野蛮国」として「東夷(東のえびす:他、「北狄、ほくてき」「西戎、せいじゅう」「南蛮、なんばん」)」という言葉がありますから、「倭」も字の造りから見て、「(東の)小さな人間」というニュアンスであったと考えます。
    
ヤマト政権(王権)が日本の殆どを支配して、日本列島そのもの(=日本国)の別名が「ヤマト、大和」となったようです。つまり、大和は日本の「別名」であると考えても間違いはありません。で、この「大和」ですが、大和と聞けば、現実に存在した旧帝国海軍の「戦艦大和」を思い浮かべる人が殆どでしょう。「大和魂」なる言葉もありますが、これは本来、国学(本居宣長)で言う所の「大和ごころ」であり、「日本人の感受性」を指します。大和魂というと随分勇ましいニュアンスを持ってしまいますが、これは戦前に戦意高揚のため使われたためでしょう。そして、空想上の「宇宙戦艦ヤマト」もあります。これは多くの方がご存知の通り、1974年にTVアニメとして放映され、現代に至るまで様々なバージョンや劇場版で未だに強い人気を誇っている作品です。ストーリーを改めて語る必要もないでしょう。

その「宇宙戦艦ヤマト」のTVアニメを初めて見た時の私の感想はまず、「何で、ヤマトなんだ…?」という素朴なものでした。そして、ストーリー自体は、(企画者、原作者の方には)申し訳ありませんが、SFのスぺオペ(スペース・オペラ)で、よくある勧善懲悪、悪玉、善玉明確な分かりやすい設定に、正直、面白みは感じませんでした。事実、放映開始当初は人気も出ず、いったん打ち切りとなり、その後、再開しています。しかし、今や「宇宙戦艦ヤマト」を知らない人はいないでしょう。この話のコアには「一命を賭して、愛する人、そして地球を守る闘い」がありますが、それを凝縮した存在が「ヤマト」なのだと思います。それがジワリと浸透して、後々の人気に至ったのでしょう。で、私の素朴な疑問である「何でヤマト?」という思いはいまだにあります。
      
もしこれが「宇宙戦艦ガガンドス」とか「宇宙戦艦トマト」(失礼)だとかだったら、ここまで息の長い人気を保てたでしょうか? 最近の劇場版ではCGも駆使されて、リアルな戦闘シーンは迫力ものですが、それだけならいくらでも他に面白いものはあります。結局は「傷つき、絶体絶命に追い込まれても、絶望することなく闘い続けるヤマト」の姿に、見る者は感動を覚えるのでしょう。私もそうです。「宇宙戦艦ヤマト」も「戦争賛美」との非難が無くも無いようです。これは本当の話かどうか分かりませんが、ヤマト乗組員出征時のBGMに「軍艦マーチ」を使いかけて、さすがに反対に遭い、使用を止めたという話もあるようです。これは完全に悪ノリですね。しかし、これは間違いなく、戦争の話であり、相手は「帝国」、その帝国の将校の軍装といい、所作といい、ナチスを思い起こさせます。「宇宙戦艦ヤマト」は常に(殆ど)、単独で闘います。敵の攻撃に被弾して黒煙を吐きながら傾いていく姿(宇宙ですから、傾く事も沈没する事も無いのですけど)に悲壮感を感じるのでしょう。

その根っこにあるものは? 言わずもがな「戦艦大和」であり、この日本国そのものである「大和」です。ヒマラヤ、ブータンから揚子江南部、そして日本へと至る「照葉(広葉)樹林帯」に在る者には「事に臨むに悲壮感を以って当たる事を好む」という共通点があるというのを何かで読んだ記憶があります。山中鹿之助の尼子家再興の決意の際、「願わくは、我に七難八苦を与えたまえ」と祈願した、とかのように。その悲壮感の象徴が「傷つき、しかし諦めず、雄々しく戦うヤマト」の姿なのでしょう。そこには、かつての「戦艦大和」、「大和の国」、「大和魂(ごころ)」が日本人の情緒として、純粋な結晶となっているのだと思います。
  
余談ですが、かなり前ですけど、成長著しいベンチャー企業を仕事で訪れた時、社員たちが忙しげに動き回っている広いオフィスの壁に日の丸が飾ってあるのをみて不思議に思い(まあ、日本の国旗ですけど…)、その理由を尋ねてみたら、このような答えでした。「別に日の丸じゃなくてもいいんですけど、全員が一体となるためには何かのシンボルが必要なんですよ」。なるほど、で、日の丸か…、と妙に納得した記憶があります。ある社会学者に言わせれば、古い王室を持っている国は、現代といえども「○○陛下の!」と言えばピッ!とそのアイデンティティの背骨が伸びる精神を必ず有しており、それが国家を統合する強いシンボルとなっている、とか。日本の場合はそれが「天皇」であり、日の丸であるのか…、とこれまた納得した記憶があります。それらは全て「大和」に集約され、日本人の多く(殆ど)は、その精神の中に「大和」という背骨を持っているのでしょうか。故に、舞台を大宇宙に変えて「闘うヤマト」に自らのアイデンティティを否応なく、感じてしまうのかもしれません。それはまさに「大和ごころ」という、日本人特有の感受性なのかもしれません。

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