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人文・思想 その23「言論の自由 神と闘った男 ヴォルテール」


本 フランソワ・マリー・アルエと聞けば「誰、それ?」となりますが、ヴォルテールと聞けば、啓蒙思想の雄、言論の自由の嚆矢である、あの詩人にして哲学者の名となります。ヴォルテールはペンネームで、自分の綽名をもじってつけたようです。その綽名の意味は「意地っ張り」。それゆえでしょうか、彼は当時の貴族階級を詩で批判(中傷に近い?)し、2度もバスティーユ牢獄に投獄されています。ヴォルテールが世に出るきっかけになったのは、彼の書いた悲劇「エディプス(オイディプス)」が講演で成功をおさめたところからでしょう。余談ですが、「エディプス」は、ギリシャ神話に登場する人物で、多くの作家に描かれていますが、心理学者フロイトにより「父親への憎しみと母親への恋慕」、そして「父親への恋慕」という、まあ、簡単に言えば「父、母、子」の三角関係のようなもので、子供が男女を問わず無意識のうちに持っているエディプスコンプレックスのモチーフにされている物語です。

ちなみに、私的には、これは西欧社会での事で、東洋の日本では起こりえない葛藤であると考えます。話を元に戻しますが、ヴォルテールの生きた時代(18世紀)は教会勢力と「啓蒙思想」が角逐した時代であり、ヨーロッパの知識層 vs 教会という、火を噴くような時代です。また、フランス革命前のキナ臭さが漂い始める時代です。時代としてはまだ旧体制(アンシャンレジーム)の中にあり、貴族階級や教会と事を構えるということは命にもかかわる行為で、まさに言論(表現)は「命がけ」です。知識層は命がけで啓蒙思想、啓蒙主義の活動を続け、後のフランス革命に大きな影響を与えています。ちなみに、フランス革命をフランス一国の出来事としてみると政治的クーデターですが、その歴史的な意義は、ヨーロッパ社会の中で絶対王政が崩壊し、近代へと向かう大ムーブメントです。その時代に先駆けた知識層のひとりに、ヴォルテールの名があり、今日の「言論の自由」という金字塔を打ち立てた哲学者としての姿があります。
    
ヴォルテールの生きた時代は「啓蒙時代」であり、その潮流は17世紀にイギリスで興り、18世紀にはヨーロッパ全土へと広がって行きます。「啓蒙思想」とは「蒙き(くらき)を啓く(ひらく)」であり、超自然的な権威への盲信を取り払い、人間本来の理性を促すものです。ヴォルテールだけではなく、その時代に並ぶ啓蒙思想家たちの名は銀河の如きです。イギリスのトマス・ホッブズ、ジョン・ロック、アイザック・ニュートン、フランスのジャン・ジャック・ルソー、シャルル・ド・モンテスキュー、ドイツのイマヌエル・カント…。その思想は近代ヨーロッパへの扉を開くエンジンとなります。その中でもヴォルテールが輝くのは、あの言葉故です。「私はあなたの意見には反対だ。だが、あなたがそれを主張する権利は命をかけて守る(I disapprove of what you say, but I will defend to the death your right to say it.)」。

これは「言論の自由」、「言論が自由であるため」の大前提となるものであると思います。今日的な表現で言えば "agree to disagree(あなたが同意しない事を認める)" につながるものです。それが前提としてなければ、いくら言論は自由だと言っても、延々と議論は白熱しながら「敵・味方」の層に分かれ、やがては収集のつかない混乱、時には凄惨な暴力へとつながって行きかねないと考えます。つまり、ただの口論となり、のっぴきならない感情へと揮発していくという事です。この「言論の自由」が「無責任な発言」になってしまうのは、そうした「言論が何ゆえに自由であらねばならないのか」という本質を欠いた、まさに「蒙き(くらき)」が故の児戯に等しい精神が原因であると思います。相手に対する「最低限の敬意」が無ければ、どのようなコミュニケーションも成立はしません。
    
ヴォルテールは再度のバスティーユ投獄から釈放された後、イギリスに渡ります。そして、そのイギリスで、フランスとは比べようもない自由な風潮に触れ、ジョン・ロックやアイザック・ニュートンの影響によりイギリス哲学に惹かれていきます。というより、少しばかり「イギリス贔屓」になってしまった感があり、それがフランスの愛国者やカトリック教会の神経を逆なでし、逮捕状まで出されますが、それはフランスのカトリック教会の腐敗・硬直化・偽善を指摘し、プロテスタントへの弾圧を非難するものであったと考えます。しかし、当時のカトリック教会を非難するという事は、その権威である「神」を非難するに等しい事であり、彼は「神」、しかも旧態依然として「人を支配する神」と必然的に闘わざるを得ません。ヴォルテールは「理神論」の立場から教会と対峙しますが、「理神論」とは、「神を絶対的な世界の創造主とはするが、それ以降は神の定めた法則によって世界は動いていく」という、「自然神論」「自然宗教」とも言うべきものです。

彼は、神を根本から否定したのではなく、地上に在ってその神の名を騙って人々を支配しようとする教会と闘ったのです。つまり、極めて世俗的な「神」との闘いです。とはいえ、世俗的であるがゆえにその反撃も命にかかわるものだったでしょう。前述の「~主張する権利は命をかけて守る」という中の「命をかけて」という部分は実際にそのような記述を本人がしたかどうかは明確ではありませんが、言論の為には「命をかける」状況であった事実がそのような言葉となったのでしょう。彼はその没後、フランスの教会から埋葬を拒否されています。パリにその棺が戻ってくるのは、フランス革命後です。

私個人は「ペンは剣よりも強し」という言葉にやや懐疑的です。率直に言えば、少々思い上がった言葉に聞こえるのです。この言葉は「言論の自由」を標榜する現代マスコミの、新たな「権威」にお墨付きを持たせているだけではないかと感じられるのです。私としては、「ペンでも剣と闘える」とする方がシックリと来ます。ヴォルテールの言葉に「この世で成功するには、力ずくで、死ぬまで剣を腕より離さないことだ」という言葉があります。ヴォルテールは実際に剣を持って闘ったか? 否、でしょう。これは、まさに彼の手に握られていたのが「闘うための剣=ペン=言論」であったという事だと思います。また、「偏見は、判断を持たない意見である」という彼の言葉があります。判断を持たない意見とは、「無責任な言論」であり、そこに「自由」を語る資格など無い、と思います。「偏見」はいつの時代にも世に溢れ返っています。

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