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人文・思想 その27「柳田國男と折口信夫 霊的存在マレビトが分かつ民俗学の行方」


本 民俗学の巨人である柳田國男と折口信夫を並べて語るなど、畏れ多い事ですが、どうしてもこの両者を一緒にしなければ、いわゆる国文学、国学へのアプローチが極めて「単線的」になってしまいそうに思ってしまうのです。民俗学と呼ぼうが、国文学と呼ぼうが、それらの目的は「日本人とは何か」という根源的なものを求める学問であり、それはまさに「国学」となり、「国学の四大人(しうし)」と称された、荷田春満、賀茂 真淵、本居宣長、平田篤胤の、特に賀茂真淵、本居宣長(一応師弟関係)の二人が、柳田國男と折口信夫両氏の関係とダブって感じられるのです。賀茂真淵(かものまぶち:1697年~1769年)は荷田春満(かだのあずままろ:1669年~1736年)を師とし、『万葉集』などの古典研究を通じて「古代日本人」の精神の源を研究し、また、朱子学の道徳を、人為的な関係(君臣)として否定し、日本の古典から、自然(人為的でない)の心情・態度こそ人間本来のあるべき姿であるとしています。この時代、徳川幕府の世に在って、その支配者の倫理である朱子学を否定するのは、おそらく、かなり煙たがられたでしょうね。しかし、国学は陽明学のように朱子学と対立する思想ではないので、別に弾圧されるような学派ではなかったでしょう。

この賀茂真淵の思想は本居宣長(もとおりのりなが:1730年~1801年)に引き継がれて、もともと「観念的」な国学が、更に揮発性というか情緒性の高い「大和心(魂)」にまで昇華されていきます。これはもう、日本観念哲学の「完成です」と云いたくなりますが、そのベースには「万葉集」と、神道の精神が色濃く反映されています。特に本居宣長の「大和心」は、その後の日本人の基本的なメンタリティに影響を与え、近代まで続いていくものであったと考えますが、この辺りから(学者ではない)私の雑学脳が騒ぎ始めるのです。実際、本居宣長が賀茂真淵から直接教えを受けたのは1回だけで、その後は文(手紙)のやり取りを通じての交わりであったそうで、それゆえに賀茂真淵の少々マッチョな思想が、言葉・表現として、より本居宣長の中で純化されていったのではないかと思います。ちなみに朱子学を否定した賀茂真淵の門下である本居宣長は、朱子学批判の代表選手、王陽明の説く「心即理」のように、「疑問の再生産」を無意味としています。つまり、疑問は新たな疑問(論と云ってもいいのでしょう)を生み出し続けるとし、排除しています。故に「心性」なるものが極めて重要なものになってくるのでしょう。

この辺りが、何となく(あくまでも何となくですよ)、柳田國男と折口信夫の民俗学に対する行方を分けた経緯にちょっと似ているように思えるのです。柳田國男(やなぎたくにお:1875年~1962年)がいなければ、折口信夫(おりぐちしのぶ:1887年~1953年)もいなかったのではないかということです。柳田國男は、あの知の巨人南方熊楠の影響で「民俗学」に傾倒しましたが、その「民俗学」とは「現代の生活のその源流を、民間伝承を主な手掛かりとしてその歴史を明らかにする学問」ということを「人文・思想その15」に書きましたけど、それは「日本文化の持つ地域の多様性、その文化の再評価」でもありますから、そこには「国学」と同じ精神が息づいています。「日本人とは何か?」の答えを求めるため日本中を精力的に調査し、そのフィールドワークの結晶が「遠野物語」です。柳田國男がスピリチュアリズム(心霊学)の影響を受けていたのは間違いないようで、遠野物語には天狗、河童、オシラサマ、ザシキワラシ、山男などの妖怪や神様たちがこれでもかと云うくらい登場してきます。その「日本文化の再評価」については、明らかに「心霊的」なものがその情緒のコアとなっています。

折口信夫も「日本文化の起源」に迫ろうとした一人ですが彼の業績は「万葉集研究」としての方が有名で、民俗学に関しては柳田國男の影に隠れていたような感を持っています。それは彼の性格なのでしょうが、自分のまとめた論文が柳田國男の著したものと被る(当然、研究領域が一緒ですから)のを非常に嫌って、発表をしなかったという経緯があるようです。しかし、そのコアとなる「マレビト」は、スピリチュアリズムの影響を受けている柳田國男も認めなかったようです。「マレビト」とは「稀人・客人」と書き、他界から訪れてくる「霊的」もしくは「神」の本質を定義する、折口学(おりぐちがく:折口信夫の思想体系)の最も重要な概念です。これは学問として興味のある人は正当に勉強してください。私の場合はこの「テキトー雑学脳」が動き始めるのです。マレビトを客人とかけば「マロウド」とも読めます。同じ意味です。日本の中に「異界(外界)から来たものを歓待する、崇める」という習慣があるのは、死霊が棲む「常世:とこよ」から、人を守ってくれる祖先たちの霊(祖霊)が現れるという考えであり、それが広義に解釈されれば、外界から来たものは「豊穣・救い」をもたらすもの、という精神文化であると云えます。実際、海に流れ着いたドザエモンを、神として崇める風習もあるようです。恵比寿として。

折口信夫のこの考えには、沖縄でのフィールド調査が影響しているのでしょう。「ニライカナイ」です。これは海の向こうに「常世」があって、祖霊が守護神に変わるという考えによる神事で、これは柳田國男も日本神話の「根の国(死者の住む国、黄泉の国と同じ)」の起源であると認めています。「ニライ」は「根の方」の意という説があります。ある意味で、柳田國男と折口信夫は「民俗学者」として同根であるのに、なぜ「マレビト」になると柳田國男は認めないのでしょうか。おそらくそれは、「マレビト」が最終的には「異界(霊界)からの訪問者」という、学術的な文脈から飛び出しかねない、「極めて観念的で心霊的なもの」となり、それを認めざるを得なくなることを危惧したからではないでしょうか。賀茂真淵と本居宣長のように、そもそもは同根でありながら、片や次第にその揮発性を増していく。ここが似ていると感じるのです。「国学」と「民俗学」もその目的は同じであり、「日本文化の起源」が「霊格化(変な表現ですが…)」されかねないことは、柳田國男にとって危険な思想だったのでしょう。本居宣長の「大和心(魂)」が独り歩きして、あの大戦争でその「精神的支柱」とされたように。

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