テキトー雑学堂 タイトルバナー

人文・思想 その31「本当にそうなのか? 疑問の力 哲学の嚆矢 デモクリトス」


本 「人文・思想その30」の冒頭で、哲学なるものをできるだけ簡略に理解するために、「考えることを体系化した学問」としました。行き着くところ、私はそう思ってしまうのです。しかし、もう少し考えてみると、その「考えること」のエンジンはなんであるのか、という思いに至ります。それは「疑問」でしょう。「好奇心」としても間違いではないと思います。「何故?」「どうして?」は子供がその発達段階で必ず覚えるものです。子供がそれらを考えることによって自らの世界観を築き上げていくのは、自分自身の経験から考えても単純に頷けることです。まあ、それがこのサイトのテーマのようなもので、まさに「落ち着きのない疑問と好奇心の不規則運動」が頭の中で起こるのです。

で、「デモクリトスの原子論:Atomism」ですが、これは「原子:Atom(アトム)」という言葉で一般には知られていることですけど、ここでその「原子論」なるものを考えてみたい訳ではありません。あくまでも、デモクリトスがその「原子論」に至った過程の中に、「哲学」なるものの本質を、驚愕に近い思いをもって感じざるを得ないということを考えてみたいのです。まさに子供のように。多くの人が子供のころ、「どうして猫は猫なんだろう?」「どうして木があって、金属があるんだろう?」「石がなんであるんだろう?」なんて、とりとめのない疑問を頭の中に巡らせたことがあるのではないでしょうか。私は比較的そうした傾向が強い子供であったように思います。そして、そうした疑問に答えてくれる大人は周りに殆どいなかった…。「そんなくだらないこと考えて」ってな反応ばかりだったかな…。「猫が猫」であり「木は木」「金属は金属」ってのが当たり前ということでしょう。しかし、デモクリトスの眼は、そんな「当たり前」のことを「本当か?」という疑問のエンジンをブン回して、「万物の本質」へのアプローチを試みた訳で、ここに驚愕を覚えてしまうのです。

デモクリトス(紀元前460年頃~紀元前370年頃)のプロフィールを簡単にまとめてみます。彼は古代ギリシャの哲学者で、ソクラテスと同時代の人物です。ただ、「ソクラテス以前の哲学者」というカテゴリーに入るようです。これは、ソクラテス以前に「哲学」という概念がなく、デモクリトスは自らを哲学者とは称していなかったということでしょう。なんとなく権威主義のような気がします…。デモクリトスにはレウキッポスという師匠がいたようですが、記録や文献が殆ど残っていないので、彼がどのようにデモクリトスとともに「原子論」を確立したのかは分かりません。デモクリトスの著した文献は多く、やはり「原子論の創設者」はレウキッポスではなくデモクリトスでしょう。デモクリトスはアテネにいた時代もありますが、ソクラテスはその存在を知らなかった(無視?)ようで、プラトンに至ってはデモクリトスを相当に嫌っていたようです。まあ、学者同士、仲が悪いというのは珍しいことではありませんけど。なんか、「唯心論 vs. 唯物論」のような対立だったのでしょうか。プラトンはデモクリトスの著作を破棄しようとしたらしいとか…。アリストテレスはデモクリトスに好意的であったということですが、これは彼がのちに確立する「四大元素」と「原子論」が似通っているように、ものの見方が似ていたのでしょう。まあ、「原子論」よりも永く「四大元素」の方が優勢でしたが。

デモクリトスの「原子論」は二千数百年の後、誰もが疑わぬ事実として証明されます。今や電子顕微鏡でその姿まで捉えることができ、その論はさらに「量子論」へと進化していきます。誰もが、「机は机」であり「椅子は椅子」、「石は石」であり「木は木」という景色を疑わなかった時代に、デモクリトスの眼はそこにあるはずの「万物を構成する本質」へと向かいます。当時は当然ながら顕微鏡さえもなく、ミクロをとらえる実験道具なんてなかったでしょうから、頼みは「脳みそ」の中での「思考実験」の繰り返しでしょう。そこから「原子:Atom」という概念を叩き出す力は、想像だにできない「考える力」があったということです。ちなみに "Atom" とは "a+tom(ギリシャ語で tmon)” で、「これ以上分解(=tom)できない(=a)もの」を意味します。それが存在するための「虚空」があり、その中で "Atom" が離合集散を繰り返し、それが物質の変化となる。「原子論」を一言でいえばそういうことでしょうが、これは現代の物理や化学と殆ど同じベースの考え方です。ついでながら、「虚空」の概念を更に進めれば、相対性理論の「時空」へ到達する考えであると思います。具体的なその考えの体系に興味のある方は、デモクリトスの「原子論」に深く触れてみてください。

デモクリトスは世界各地を旅し、行く先々で当時のインテリ層と接触し、その知識を吸収していったのでしょう。その「旅」のおかげで、父親から相続したけっこうな遺産を使い果たし、最後は無一文になってしまったようです。そこまで「旅」を続け、知識を求める姿にはデモクリトスの「貪欲な好奇心」を強く感じます。各地を訪ねながら、「考え続けて」いたのでしょう。その晩年には、「思索の邪魔になるから」との理由から、自らの意思で目をつぶし、盲目の人として生きていたとか、 また、自分の死期が分かっていたらしく、食事の量を毎日少しずつ減らして、自分の死へと向かっていったなどの逸話が残っています。「ものごとの本質を考え続ける」には、真偽のほどは別にして、そうした逸話が示すような「覚悟」が必要なのでしょうか。そのあたりには探究者としての悲壮感を感じてしまいます。しかし、です。デモクリトスは、いつも笑っていたので、「笑う哲学者」「笑う人」と呼ばれていたようです。彼が笑いながらその頭脳の中で思い描いていた「原子」の世界とは…。見てみたい…。ってか、自分で考えてみろよ。ハイ。

人文・思想 目次へ



【商品検索】Powered by Amazon

↑「すべて表示」をクリックするとAmazon.co.jpの検索結果一覧に移動します。

■これからギターを始められる方のご参考にでもなれば。
木の音 バナー
「あれこれブログ風」サイト
「不思議」「怖い」「変」を普通に考える。 バナー
「花を楽しむ」サイト
花を飾る バナー


■サイトポリシー ■プロフィール
■お問い合わせ
ページトップへ戻る

Design by Megapx / Template by s-hoshino.com
Copyright(C) Ureagnak All Rights Reserved.