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人文・思想 その32「人間として神と対峙した哲学者 キルケゴール」


本 最初にお断りしておきます。私は学者でも研究者でもありません。ただの雑学好き、人より好奇心が少しばかり強い程度です。と、煙幕を張っておいたところで、私は、哲学なるものをできるだけ簡略に理解するために、「考えることを体系化した学問」とし、そのエンジンとなるのは「疑問」「好奇心」であるとこれまで書いてきましたが、その対象となるのは「物事の本質」なるものでしょう。しかし、ここのところは我々日本人には少しばかり理解しがたいものがあります。それは、「神」という絶対権威の存在です。ですから、西洋哲学は常にこの「神」なるものと向かい合わねばならなかったといえます。東洋哲学ではこの「神」というものが「天」「神仙」「多神」、時には「人格を持たぬ神(日本の神道)」であり、そもそもが人と対峙できるようなものではなく、共存可能な、次元を異にするものであったと考えます。古代ギリシャや古代ローマの神話世界も似ていると思います。

で、その西洋哲学ですが、その系譜なるものに対する個人的な認識を簡単に語れば、まず古代ギリシャに「テオーリア(観想)」という「事物の本質を眺める理性的な認識活動」が起こり、デモクリトス、ソクラテス、プラトン、アリストテレスなどの哲学者を生み出しましたが、当然、このころに「哲学」なる領域・呼称があったとは考えにくい。そこには、「アカデミズム:Academism」という「学問至上主義」が成り立っていたと思います。しかし、その殆どは「思惟(形而上的)」、つまり「思考実験」であり、「観念」と「現実」が汽水域(海水と真水が混ざり合う河口付近)のように混沌とし、個人による自由な「思想」と呼ぶべきものが自由に論じられたと考えます。それは古代ローマにも引き継がれますが、その自由な「認識活動」が、キリスト教が国教となり、「神」という権威が権力と結びついてしまい、人間の自由な「思惟」にとって、長い暗黒の時代を迎え、ご存じガリレオやデカルトの時代までそれは続きます。

デカルトが「理性」の発現によって「真理の探究」を「神」の手から取り戻そうとしますが、それが実現するにはカントまで待たねばならなかったのだと思います。カントの手法は「批判」にあり、そうなれば「神」でさえその対象となり、多少正確に言うならば、「知」の対象となるということです。それを一言で(かなり乱暴に)いってしまえば、「存在」と「観念」を二元的に分離し、そうすることによって、人を神の頸木(くびき)からある程度解放したのだと考えます。しかし、依然として「神」は存在し、それが「知」によって証明すべき最大のテーマとなります。ちなみに、カントは後世のドイツ観念論に多大な影響を与えますが、カントは自らを哲学者とは表していません。彼の思想は「批判哲学」と呼ばれています(ややこしい)。

そして、ドイツ観念論の大御所、ヘーゲルの登場です。ヘーゲルはカントが二つに分けた「存在」と「観念」の分離を、再び一つのものとして「取り戻し」、意識を精神の現象であるととらえ、その意識が経験を積み重ねること(学習?)によって、絶対的な「知」へと至るという道筋を構築しました。そして、それは「イデア(理念)」へと到達し、このイデアがすべての哲学を包含するとします。かなり近代的な「考え方」に近くなってきています。西洋哲学最大のテーマである「神」は、「観念によって存在するもの」としてその体系に取り込んでいます。ここ、実はドイツ観念論の弱点ではなかろうかと個人的には思います。

前置きが(あまりにも)長くなりましたが、さあキルケゴールの登場です(ちなみに私はキェルケゴールという呼称の方がシックリきます。オヤジ…)。哲学に限らないことですが、学問は「批判」によって継承され、発展していきます。キルケゴールを嚆矢とする「実存哲学」が一大権威であるヘーゲルに立ち向かいますけど、おそらく彼は「神」の前に一個の人間として立ちはだかったのです。それは勇気などというものよりも、暴挙でさえあったかもしれません。彼は「理念」と「現実」との不可分性を説く大御所ヘーゲルに対し、疑義を投げかけます。ヘーゲルの思想は「国家観」「歴史観」の構築に及びますが、キルケゴールはそれに対して渾身の一撃を放ちます。「そこには人間がいない。魂がない!」と。ドイツ観念論のお歴々は「青臭い…」と苦笑いしたことでしょう。しかし、キルケゴールは自らの経験による「不安」「葛藤」「精神的苦痛」「絶望」などの極めて人間臭い「生」がなくて、世界はどのように構築できるのか、という強い思いを抱きます。おそらく、そのような哲学はそれまでになく、それは「文学」等の領域にあったものでしょう。キルケゴールの思想において「神」とは「自らの意志」による努力によって、その信仰につながるものとなり、極めて属人的なものとなります。自らの主体性の確立により、「神」とは「支配するもの」ではなく「寄り添うもの」となる、私はそう解釈します。

ところで、冒頭で述べた通り、古代ギリシャから実存主義に至るまでの哲学なるものの系譜で、「表記の間違え、勘違い、理解不足、無知等々」があると思いますが、そこは無謀承知の助、厚顔無恥で開き直って考えていますので、多少のことはご容赦(勉強不足ってのは勘弁してね。事実ですから)。キルケゴールは私の知り得る哲学世界の中で、いつか書こう「考えてみよう」と思っていた対象なのですが、そこに見えるものが極めてシンプルで、現代社会に通じるようなテーマを掲げ、生々しい皮膚感覚で感じることができるキルケゴールについて書くことは、まさに彼の「苦悩」に付き合うことであり、なかなか言葉にすることができませんでしたが、今、エイヤッで書こうとしています。キルケゴールの哲学は、人間の実存を哲学の中心におく思想、本質存在(essentia)に対する現実存在(existentia)を主体とする思想です。その思想は、ヤスパース、ハイデッガー、サルトル(日本では西部邁)らのそうそうたるメンバーに引き継がれます。

キルケゴールのその哲学は、継承されつつ歴史の中で現実と手を組み、ナチズムと関わったり、キルケゴールと違う形でヘーゲルに疑義を投げつけたマルクスは革命を生み出し、なんともそれぞれ血生臭い道も経て今日に至っています。といっても、実存主義が哲学の最終形態ではあるはずがないのです。人の思想は何度も揺り戻し、何度も「自己疎外」を起こしています。現代でも。ただ、キルケゴールがそれまでの大所高所から語られる思想体系ではなく、まさに「神」を含む、あらゆるものと同目線でその本質を勇を奮って考え抜いたことは、極めて現代的な「個人」に通じる精神を時代の中で初めて提唱したのではないかと考える次第で。故にキルケゴールは、デカルトやカントと同様に、「ものの考え方」をコペルニクス的に180℃転換させた存在ではないかと思います。個人的見解ながら、彼の思想の歴史的意義は「人間中心」「個」というものを含んで多少の弊害もあるでしょうが、現代の「人格」「人権」にも通じる革新的な問題提起であったと思います。

ところで、ヘーゲル(1770~1831)はキルケゴール(1813~1855)が18歳の時に死んでいますから、直接の論争という場面はなかったでしょう。もし二人が、直接やりあっていたらどうだったのでしょうか…? 「天下の大御所 vs. 新進気鋭の新思想」が生で直接ぶつかっていたとしたら、どんな思想の化学反応が生まれたのでしょう。不謹慎ながら、そのドンパチを想像してしまいます。

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