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人文・思想 その33「良寛 持たず、囚われず、創り、生きる 一衲一鉢」


本 良寛(りょうかん)の名を聞いて、まず何を思い浮かべるでしょうか。当然ながら、人によって違うと思いますが、私が持っているのはまず、子供のころに何かの本で読んだ「子供好き」なお坊さんという、少々固定的なイメージです。しかし、それはまだ何もわからない時の印象が先行するだけで、雑学的に知識・情報を楽しみ始めるころには、まさに、北大路魯山人がいうところの「容易にはあり得ない」、「世の常の通りのものとは格が異なって」いる存在と、私の中でもそうなるのです。北大路魯山人は良寛の書に関して、絶賛ともいえるような文章を残しています。魯山人はまさに「営々と」と言いたくなるほどに良寛の書が如何に優れているかを、言葉の限りを尽くして述べています。

実際にその良寛の書を見ると、まさにそれは「徳川時代における驚異(魯山人の言葉)」であり、なんともモダンで「どうしてこの時代にこのような書が現れた…」以外の表現が思いつきません。ただし、その書を見るとき、いくつか程度ではダメです。幸い、今はインターネットがありますので画像検索で「良寛 書」と入れれば、せ~の!でその書を見ることができます。違う人のも混じっていますが、それが問題にもならないくらいに「自由闊達」「天衣無縫」「好き勝手」などなど、「これが良寛」といえばすべてそうだし、「どれが良寛?」といえば、どれでもないということに戸惑いを覚えることになると思います。実際、初めて良寛の書を目にした時、私は良寛の人物イメージがいったん白紙に戻ってしまいました。

書の話から入りましたが、良寛の猛烈さは、その書き残した千数百と言われる和歌、俳句、漢詩が、いずれも後世に優れて高い評価を得ているということです。書も同様に二千点以上現存しているようです。その才には、驚く以前に目が眩みそうになるほどです。例えば「散る桜 残る桜も 散る桜」、「うらをみせ おもてを見せて ちるもみじ」などには、粋とか諧謔的なものを感じるよりも、一礼したくなるような思いを抱いてしまいます。また「この里に手鞠つきつつ子供らと遊ぶ春日は暮れずともよし」や、「老が身のあはれを誰に語らまし杖を忘れて帰る夕暮」などは万葉の趣そのままです。ただただ、良寛の思いが、言葉を喋るがごとく、自然に溢れてくるように感じます。もともとが、歌とはそういうものなのでしょう。

では、良寛のその生き方ですが、タイトルにある「一衲一鉢」は「いちのういっぱつ」で、良寛の漢詩(四行の絶句)の中に現れる言葉です。

出家離国尋知識
一衲一鉢凡幾春
今日還郷問旧友
多是名残苔下塵

意訳すれば、「出家して、各地を訪れ知識を求め、幾年月、その身には一枚の衣と鉢一つだけ。今日、故郷に戻って古い友人を訪ねれば、その多くが名は残しているものの、苔生す墓の下」でしょうか。この漢詩の中に自身の「心情」が明確に文字として現れてはいません(事実、良寛は自らについてあまり語っていません)。が、そこに良寛の「生き方」、「死生観」「無常観」が強く感じられるのです。「何を持って生きる。何に囚われて生きる。それをどこへ持っていく」。

良寛の号は「大愚(たいぐ)」です。そこに皮肉的なものは感じません。自らを「愚」として、多くのものから距離を取ろうとしていたのではないでしょうか。そして、何ものにも囚われない「生き方」の中に漂泊したのではないでしょうか。「つつましく心豊かに(自由に)生きる」と言えば極めて陳腐な言葉ですが、それが如何に難しいことであるかは事実でしょう。あまり軽々と判じられることではないのですが、良寛がそうした「生き方」へと傾斜していくきっかけのようなものは、特にドラマティックに描けるようなものではなく、それこそ生まれ持った「心性=持たず、囚われず、ありのまま」に、自分の世界へと入っていったのではないかと思います。ある本には、僧の立場から「人の生き死に、相克」を目の当たりにして、厭世的な思いから諸国への行脚に向かったと書いてあるものもありますが、どうにもそうは思えないのです。良寛の作品からは、何か切羽詰まったような、鬱屈したものが感じられないのです。

例えば、あの西行には、「世の儚さ」から、武士を捨てて「世捨て人」へというケースヒストリー(歴史上の事実でしょう)が感じられますが、良寛からは殆ど感じられません。先ほど、その「死生観」「無常観」と書きましたが、それを別の言葉で表せば「すべてを淡々と受け入れる」「無我・無私」でしょうか。ちなみに、良寛について書いていると、だんだん、自分の文章力が「子供レベル」のように思えてきます。別に名文を書きたい訳ではありませんが、少々忸怩たる思いが湧きあがるとともに、不思議なことに天才バカボンのパパではありませんが「それでいいのだ」と気持ちよくなってくるのも妙な事実です。子供でいいじゃないか、って。

良寛が子供好きであったというのは確かなようです。先に書いた「この里に手鞠つきつつ子供らと遊ぶ春日は暮れずともよし」、更には「子供らと手たづさはりて春の野に若菜を摘めば楽しくあるかも」という歌からもその暮らしの中での思いは偲ばれます。しかし、その身は寺を持たない乞食僧で、江戸期の寺院制度の中では、かなりぎりぎりの暮らしであったことでしょう。その中であれほどの教養を育み、和歌、俳句、漢詩、書を創り続ける良寛とは何者?

良寛は禅僧であり、歌人であり、書家であり、「一衲一鉢」の乞食生活を送った人物です。その人物に、いまだ多くのファンがいるようです。当然、その作品群によるものでしょうが、それに加えて皆、良寛様の前では無垢の子供でいられるからでは、などと勝手なことを考えてしまいますが、自分自身はそうなのかもしれないと結構本気で思ってたりして…。良寛、良寛様、いや、やはり良寛さんと呼ばせてもらいましょう。

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