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人文・思想 その35「ナチズム アメリカ革命 戦争と革命 ハンナ・アーレント」


本 なにやら「三題噺」のようなタイトルを掲げてしまいましたが、まず、「ナチズム」についてご存じない方は殆どいらっしゃらないと思いますけど、「アメリカ革命」と「ハンナ・アーレント」をご存知の方はどれ位いらっしゃいますでしょうか? 「アメリカ革命」とは、「アメリカ独立戦争」のことです。これを「アメリカ独立革命」と呼び、単に称して「アメリカ革命」ともいうようです。一般には「独立戦争」という呼称が一番馴染めるものと思います。そして、「ハンナ・アーレント」とは女性の哲学者です。そのプロフィールをWikipediaから引用します。「ハンナ・アーレント(Hannah Arendt、1906年10月14日 - 1975年12月4日)は、ドイツ出身の哲学者、思想家である。ユダヤ人であり、ナチズムが台頭したドイツから、アメリカ合衆国に亡命した。主に政治哲学の分野で活躍し、全体主義を生みだす大衆社会の分析で知られる」。

ハンナ・アーレントのことを書こうと思っていると、「ナチズム アメリカ革命 戦争と革命」といったような「三題噺」的タイトルが泛んできたのです。その理由は、まさにそれを三題噺的に、判じ物のようにつなげていくところに、彼女の思想が現れてくるように思うからです。この辺りは異論・反論もおありでしょうがあくまでも私の見解ということでご理解ください。このようにエクスキューズを入れるのは、ハンナ・アーレントには一部にマッチョな信奉者がいまだにいるようで、革命などという「揮発性の高い自己陶酔的イデオロギー」をお持ちの方が多い気がしますので、多少はそうした人たちに気兼ねしているからです。と、適当に迷彩をまぶしておきます。

ハンナ・アーレントは哲学者として大きな足跡を残した人物で、余談ながら映画にもなっていますが、私見ながら、海外での知名度に比べて日本ではイマイチその名が知られていないと感じます。何故でしょう? 個人的には美人であると思いますし、タレント性も高いキャラクターです。余談ついでに、かのハイデッガーと不倫関係にあったとかで、スキャンダル性(話題性)もあり。その論はかなり魅力的で、ラディカルと言ってもよいと思います。それなのに、日本ではそれほどの知名度は持っていないと思いますがどうしてでしょう。下世話なことは置いといて、哲学者である彼女の思想の根本には「ナチズムへの強烈な嫌悪」があり、かつて深い関係にあったハイデッガーの「ナチスとの関係(加担:疑惑です)」にかなりの葛藤も抱きつつ、全体主義を生み出したヨーロッパの政治思想に取り組む「政治哲学者」であったことが、ハイデッガー同様、形而上学的なものへの懐疑と、極めて現実的な考察が、あまりにも欧米的過ぎて、日本的な「情緒」に響かなかったのではないでしょうか。

もう一つ、私自身がハンナ・アーレントに持っている違和感があります。ナチズムを生み出したのがとんでもない怪物などではなく、凡庸な人間がそれだけの恐ろしいことをやってのけたことに対する衝撃から綴った「イエルサレムのアイヒマン-悪の陳腐さについての報告」までは理解できるのですが、それが「革命」などという領域に論を及ばせることに、どうにも統合性を見いだせないのです。まあ、「革命=戦争=暴力」と単純化してしまえば、ナチズムという全体主義を解明するために革命を分類し、論じるのは、方法論として分からないでもないのですが、やはり、違和感を感じます。簡単すぎて恐縮ですが、彼女の「ナチズムの悪夢は、私たちと同じ人間が起こしたこと」であり、「起こってはならないことが起こった」のは、悪魔のような思想活動からではなく、むしろ「なにも考えない凡庸さ」から生まれるという考えには大いに共感します。そこをもっと深堀してくれれば、「自由からの逃走」のようにエーリヒ・フロムと肩を並べる存在になっただろうにと思います。

ハンナ・アーレントは「アメリカ革命(独立戦争)」を「自由の経験」であり、近代的な「革命」の原型を作った、と評価しています。そのうえで、フランス革命やロシア革命にもさまざまに言及していますが、その詳細は省くとして、私としてはこのあたりに「オイオイ…」と言いたくなってしまいます。私自身は「革命=戦争=暴力」と単純に考え、要は未成熟な社会の中でしばしば繰り返し起きるもの、と思います。あの、当時もっとも民主的と言われ、民主主義の先駆であるともいえるワイマール憲法を奉じたワイマール共和国の中で「ナチズム」が生まれた事実があります。ナチスは正式名称「国家社会主義ドイツ労働者党(こっかしゃかいしゅぎドイツろうどうしゃとう、独: Nationalsozialistische Deutsche Arbeiterpartei 、略称: NSDAP)」で、ナチスはこの"Nationalsozialistische"に由来し、そのまま訳せば先に示した通り「社会主義」となります。まあ、同じ「革命」から生まれた社会主義を奉じるソ連も最悪の独裁者スターリンを生み出しますから、イデオロギーなんぞ、どうでもいいわけで、要は「権力闘争」の景色がそこにあり、演じられるのは、まさに「凡庸なる人間」が「考えることもなく」踊るように狂乱する「暴力」です。

ハンナ・アーレントは「アメリカ革命」なるものに夢を持ったのでしょうか。「戦争」が歴史の必然であることは否めませんが、そこにどのような大義名分(革命)を掲げようとも、トドのつまりは「暴力」です。そこに評価としての「良い」も「悪い」もありません。「革命」などという、先にも書いた「揮発性の高い自己陶酔的イデオロギー」なる「危険物」は、ソ連の崩壊とともに、土の中にでも埋められてしまえばいいという思いを持っていますので、すべては「政治」という行為の中に包含すべきで、「革命」などという発火性の高いものが歩き回るとしたらゾッとします。革命が本当に「人民の安寧」を獲得した例があれば知りたいですね。何も変わらず、むしろ「暗黒の時代:場所を変えての暴力的権力闘争」が続くだけです。それなら、時間がかかろうが、どれだけ揉めようが、ポピュリズムなどではない「知識人の責任ある発言」と「国民に付託された政治家による話し合い(議会)」による「合意形成」が、今のところ「代替品」の見当たらない次善的な国家運営の体制でしょう。直接民主主義(国民投票も)は「化け物」を生み出しやすいから。

余談中の余談で話を締めくくりますが、「ナチズム」という怪物を生み出したのは「ヨーロッパ」であると思います。「大日本帝国」という化け物をアジアの地に生み出したのは「欧米列強」であると思います。個人的に、ハンナ・アーレントには「政治哲学」ではなく、「社会哲学」で踏みとどまってほしかった。大きなお世話でしょうけど。悲劇の本質に「思考の欠如」があるという彼女の主張には、泣けるほどにアグリーします。つまり、彼女には「悲劇の本質を探究する中で、その解決を悲劇の本質に求めている」というような気がしてならないのです。「革命」で起きた悲劇の解決を、「革命」に求める…。

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