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人文・思想 その4「アメリカを理解するには まずプラグマティズムから」


本 アメリカは日本にとって、大喧嘩した相手でもあり、盟友でもあります。これを人間関係に置き換えれば「お互いにかなりの理解を深め合っている筈」と考えられます。一度反目しあい、腕力に訴えて殴り合った後、お互いに歩み寄りの落としどころを模索して相互理解の努力をしている、ということです。が、現実には世界のパワーゲームの中での利害関係による合従連衡でしょう。それはさておいて、では、今現在事実上の重要なパートナーであるアメリカをどれほど日本人は理解できているのか。新聞やTVなどで知る日米のやり取りを見ていると、予定調和的な報道は行われていますが、その本質となるとサッパリ見えてこないというのが本音です。

まあ、もともとが歴史も文化も価値観も違う国どうしが組むのにはそれなりの思惑が無ければあり得ない訳で。現状はどう見ても同目線の関係には見えず、日本がアメリカに頼っているというのが実状でしょう。乱暴に言えば「日本の片思い、従属」とも見えます。何故でしょうか? 日本は敗戦国だから…? それもあるかもしれませんが、どうにも日本にはアメリカという国を理解できないのだと思います。それゆえに上手くお付き合いできていないと…。
 
政治家ならばそれなりの学習をしていると思うのですが、嘗てのチャーチルのようにアメリカを手玉に取る(それが良いか悪いかは別にして)ような胆力、政治力が見えません。その理由は、アメリカ特有といってもいい行動原理、ものの考え方の本質を日本の多くの政治家が理解していないのでは、と大それた思いを持ってしまいます。お偉い政治家や官僚にそんな事は無いと思うのですが…(皮肉)。当然ながら個人的な見解なのですけど、アメリカは強大な国とは言え、多民族(移民)国家であり、歴史の浅い国家です。その根底にはヨーロッパに対する強いコンプレックス(憧憬と対抗意識)があると考えます。それ故に、アメリカにはヨーロッパに対抗するための新しい哲学が必要になったのでしょう。「神」と「歴史」から、自分たちの国家を分離するために。更には、多民族(移民)国家であるがゆえに、その様々に混在する価値観をテイクオーバーするために。

そうした中で、アメリカ独自の哲学・思想が醸成された、それがプラグマティズム(Pragmatism)であると思います。ではプラグマティズムとは何か? ものすごく乱暴に言えば「具体的な行動、価値につながらないものは無意味である」という考え方。この思想の起源はそれほど古いものではなく、十九世紀後半にアメリカの思想家の中で起こり、二十世紀に入るとアメリカの思想の主流となりました。プラグマティズムの思想家たちの名を上げておくと、チャールズ・サンダース・パース、ウィリアム・ジェームス、ジョン・デューイ等々。この中ではデューイが教育哲学で日本では一番ポピュラーではないかと思います。
  
このプラグマティズムはWikipediaの言葉を借りれば「実用主義」「道具主義」「実際主義」「行為主義」と訳されるようです。私はそれに「実益主義」「実利主義」と加えたいように思います。このプラグマティズムは、例えばヨーロッパの観念主義や宗教的教義などとは全く相いれない考え方です。例えば「スプーンの上に天使は何人乗れるか」「天使は男か女か」とか「エロス(生)は死に、タナトス(死)の支配する世に」などといった議論はハナから意味など認められません。多くの哲学が「その時代、世の中の在り方と対応している」ことを「真とする」のに比べ、プラグマティズムはそのようなものは全く慮外に置きます。「天使がいるかいないか」などは命題にもならず、「その天使なるものが何をもたらし、何の役に立つのか」が問題となります(実も蓋も無いような…)。

もっと分かりやすい例を考えると、例えば「犬が吠える事」などはどうでもよく「吠える犬は、番犬となり、家の安全を守る事に使える」ことが「真」な訳です。さらに嫌な例えを言えば「アメリカと日本の友情」などどうでもよく、「アメリカにとって日本は何の役に立つのか」が彼らの関心事です。ですから、日本の高官がアメリカを訪問し「時候の挨拶」などを長々とやっても、オバマ大統領などは表情一つ動かしません。関心が無いのです。聞きたいことはひとつ「何のために来たのか」です。
  
プラグマティズムは一見、陽明学の「知行合一」と似ているように見えますが、少々違うのは「知」は認識、「行」は体験、その両者は不可分であるという「在り方」が陽明学の根本にあると言う事で、それと比べればプラグマティズムは恐ろしいくらいにラディカルな哲学思想です。「実践的、実利的な事につながらないものはテーマにすらならない」という考えであるといっても間違いではないでしょう。ですから、議論ばかりで具体的行動のない日本の行動はアメリカをイライラとさせる訳です。まだ、戦争をしていたころの方が日本は分かり易かった筈です。まあ、あのアメリカをイライラさせるというのも、それはそれで日本は大したものだと思いますけど。皮肉ながら…。

最後に余談ですが、ではアメリカは「コンコンチキにプラグマティズムで凝り固まっているのか?」といえば、そうではないと考えます。その証拠と思えるのは、例えばアメリカン・コミックのヒーロー達。バットマンやスパイダーマンですが、必ずと言っていいほどに戦う事の意味や自分の存在について激しい葛藤を持っています。情緒的なものに感情移入しやすい日本人でさえ辟易とするくらいに。それは、時にはいともたやすく人間性を無視して実利を迫るプラグマティズムへの反動であると思っています。もう一つはヘミングウェイの「老人と海」。主人公の老人は海の上での孤独で壮絶な戦いを終え、鮫にその身を食いちぎられた巨大カジキの骨だけを船で曳いて港に帰ってきます。老人が得たのは骨だけです。それまでの事は誰も見ていないし、知らない。老人が過ごした時間に、意味がないと言えばそうかもしれません。しかし、老人の矜持は確かにそこにあるのです。私はこの話を「アメリカ的なもの」への痛烈な「問題の投げかけ」であると思います。それが不朽の名作としてアメリカに残り続けているのです。

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