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人文・思想 その43「出でよ、日本のルター! …と思いますが、宗教改革って言っても」


本 「ルター」、そして「宗教改革」となれば歴史の中で語られるべき事だとは思いますが、その本質について雑学脳で考えていると、これは思想に通じることであり、本編に書くべき事と考え、書きます。て言うか、この「宗教改革」の16世紀を歴史的に捉えようとすればややこしいことこの上なし。もう、ドタバタ政治劇として描かなければならなくなりそうです。私自身、この「宗教改革」なるものを世界史の中で捉える時、極めて単純化し、「イギリス王室がヨーロッパの教会権力に対抗するため、新たに起こしたキリスト教の宗派」って認識でいましたが、これは思い込みに近い考えでした。改めてその辺りを見ると、イギリス王室自体は特に「プロテスタント」なんて意識はなく、基本的にはカトリックとその式典に大きな違いはなかったようです。まあ、政治的な背景が濃厚な歴史的ムーブメントであるのは確かなのですけど、実体は相当にややこしい…。

で、ここからその本質と思えるエッセンスを抽出するために「ルター」という人物にスポットライトを当てて考えてみたいのです(勝手にしろと突っ込まれそうですが…)。ルターの簡単なプロフィールは、ドイツの神学者で、フルネームはマルティン・ルター(1483年~1546年)、成績優秀で大学に進み、哲学を学びますが、エリートコースを進むかに思えた最中、何故か修道院に入ってしまったそうです。その理由はよく分かりませんが、雷に怯えて修道士になったとか(?)、まあ、そんな逸話もありますが、シンプルに考えれば、哲学を学ぶ途上で、何かに啓発されたのでしょう。とにかく、修道生活に入り、祈りと研究の生活に入ったそうです。その修道士としての生活はおそらくストイック(禁欲的)なものでしょう。あえてそのような生活に自ら入ったのは、「既成の権威」的なものに対する彼の反発心が極めて強かったからではないかと思います。ですから、大学からのエリートコースや、結果的には司祭の地位となりながらも「教会権威」の示す神に懐疑的となり、神の言葉そのものに限りなく近い「聖書」に、その信仰の拠り所を求めるようになったのでしょう(多分)。

ルターは新約聖書の中に記されている、パウロの「ローマの信徒への手紙」にある「神の義」の思想に傾倒し、それが彼の信仰のコアを形成したのではないかと考えます。それは、どれほど「禁欲的で罪を犯さない」生き方に努めても、「神の前で、自分は正しいと確実に言うことができるのか」という疑問です。疑問、というより、ルターはそれを事実として認め、懊悩したのでしょう。そして行き着いたのが、「神への信仰によってのみ人は自らを正しいものとすることができる」という考えであり、ルターが既存の「教会権威」に対して「95カ条の論題(提題)」を突き付ける原点がそこにあると思います。既存の「教会」には「人を救うことはできない」と。

1517年、この「95カ条の論題(提題)」を某教会の門扉に貼り出した時が、ルターの「教会批判」「宗教改革」の始まりであるとされています。「95カ条の論題(提題)」とは当時の教会が「贖宥状(しょくゆうじょう)」、即ち、「罪の償いを軽減する証明書」を販売している事への痛烈な批判・告発です。まあ、「免罪符(めんざいふ)」という呼び名で一般にはよく目にしますが、要は、協会が発行するこの「贖宥状」を買えば、その人の罪は軽減されるという「地獄の沙汰も金次第」ってな代物です。この当時にあって、公然と教会を批判するなど「命懸け」の行動でしょう。この、行為としては小さなルターの「95カ条の論題(提題)」が思わぬ反響を生み、ルター自身も思いもしなかったほどに世の中を揺り動かし始めます。この「95カ条の論題(提題)」はラテン語で書かれていたようですが、それがドイツ語に翻訳されて印刷され、世の中に広く知れ渡ることとなります。このことには、15世紀に確立されていた「グーテンベルクの印刷技術」が大きく貢献したでしょう。ルターの小さな行動が、「印刷」という新しい技術によって、歴史を動かす巨大なムーブメントが巻き起こったということです。それが無かったら、ルターの行為は「一個人のささやかな抵抗」に終わっていたでしょう。

この辺りまでの経緯は世界史に詳しい方ならだれでもご存知でしょう。まあ、宗教などは本当に「人を救えるのか」という疑問を常にぶら下げながら、時代の中でドンチャン騒ぎを起こしています。このルターが引き起こしたムーブメントが、フランス出身の神学者「カルヴァン(1509年~1564年)」の指導によって「神中心」の思想として広がり、その影響を受けた改革派の「ピューリタン」がイングランド国教会の中で勢力を持つようになり、「ピューリタン革命(清教徒革命)」を経て、「カトリック」と対抗する「プロテスタント」がキリスト教の二大勢力として勃興します。「ピューリタン(Puritan)」というのは改革派が名乗っている派閥で、つまりは「プロテスタント=ピューリタン」と捉えて間違いありませんが、17世紀、イギリスで起こった「ピューリタン革命」なるものを、ピューリタンによる革命(反カトリック)と単純に見ることは難しいと思います。どちらかと言えば、ドタバタの政治劇で、イギリス内での大騒ぎ(ヨーロッパ全体はあまり関与していない)といった感じです。

ハイ、ここからが私の本題です。この「既存の教会権威」に対する、ルターから始まり、カルヴァンの影響による「ピューリタン革命」から、そしてあの「メイフラワー号」による新天地「アメリカ」への移民、今日の「WASP(ホワイト・アングロサクソン・プロテスタント: White Anglo-Saxon Protestant)※アメリカの支配者階級で、個人的に良いイメージはない」へと至る経緯が、日本における「法然から親鸞、蓮如」へと至る浄土(真)宗の流れにいささかダブって感じられることです。それまでの、国家と結びついた「南都六宗(奈良仏教)」「平安二宗(天台宗・真言宗)」などの既成宗教権威を向こうに回して、「如何にすれば人が救われるのか」といった「鎌倉仏教」の歴史的ムーブメントが、ヨーロッパよりも早い12~13世紀にこの日本で起きていたのです。政治的背景のド派手さはヨーロッパに譲りますが、支配的な宗教権威から「人、個人」を解放しようとしたその動き。まさにルターの「宗教改革」に匹敵するものであると思います。

現代ヨーロッパではカトリックとプロテスタントとの融和という動きが起こっています。歴史的なことでしょう。しかし、この現代日本では偏見かもしれませんが、宗教そのものが超形骸化して、「集金教」「葬式教」となり、「人を救う力」どころか「人を救おうとする務め」さえも失っているように思います。いや、確実に失っているでしょう。自己責任なんて「無責任」な言葉がまかり通り、個人に対して「冷たく」「救いのない」社会になっていると感じるのは私だけでしょうか。今こそ、この日本にルターが現れてほしい。親鸞でも(失礼)いいです。しかし、ヨーロッパでのかつての「教会権威」に相当するもの、今の日本なら何でしょうね? 「政府」「会社」、それとも漠とした「世間様」? いずれにしてもルターのように「95カ条の論題(提題)」を突き付けるほどの相手ではないのが悲しいというか、今の日本の「糠床を歩いているような感じ」というか…。「人の心を救う術」が「贖宥状」という「お金」になっているこの国に、現れるべきルターの姿とは…。

ちなみに、「神父」と「牧師」の違いをご存知でしょうか。「カトリック」が「神父」で、「プロテスタント」が「牧師」です。日本は? 宗派を問わず、「坊主」ですかね。どうも、ネガティブなイメージしか湧いてきません。

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