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人文・思想 その44「伝統は発明されるもの… そう言われれば…」


本 「創られた伝統(The Invention of Tradition)」という本があります。「伝統の発明」と記されている場合もあるようです。「創られた伝統」というと、なにやら怪しいミステリーのタイトルのようなので、ここでは「伝統の発明」とします。直訳すればこちらの方が妥当であるように思います。で、この本の著者は、エリック・ホブズボーム(Eric John Ernest Hobsbawm:1917年~ 2012年)。イギリスのマルクス主義歴史学者という肩書のようですけど、この「伝統の発明」は人類学として価値のある研究だと思いますので、私のイメージとして彼は文化人類学者です。この本は共著で、こうした「創られた伝統」といった、どちらかといえば文化人類学的には少々常套句のような、ハッキリ言えば「手垢のついた」ようなテーマは、多数の研究者がいると思いますので、様々な研究成果から明確となった事例を集大成したのがエリック・ホブズボームということでしょう。「伝統の発明」は彼のオリジナルな説ではないという事です。

が、彼の名はその著書とともに歴史に残っています。その「伝統として過去とのつながりがあるようでも、それは大半が見せかけ」と看破していることは彼の業績として残ることでしょう。で、改めてその「伝統の発明」なるものを考えてみると、思い当たるもの、「そういえば何で?」というものが多々思い浮かんできます。エリック・ホブズボームは、イギリスのスコットランドで「古い伝統の象徴」である「タータンチェックのキルト衣装」ができたのは、実は最近になってからであって、18世紀後半から19世紀初期に始まったものであると述べています。スコットランド人が溶鉱炉で働くようになってから、今まで着ていた肩掛け服の代わりの、前掛けのようなものとしてキルトが生まれたそうです。バグパイプなどもそうらしいですが、詳しいことは省きます。私の頭の中には「日本での…」という事柄が気になり始めてくるのです。

卑近な例でいえば、「伝統の一戦」なんて言葉があります。まあ、コピー的な表現としては自由なのですけど、例えば野球の「巨人・阪神戦」が何故「伝統の一戦」なのでしょうか。何が「伝統」? たかだか昭和11年にプロ野球のリーグ公式戦が始まって、最初の頃は優秀な選手がこの両チームに集まって強かったのでしょうけど、今や、別に普通のチームです。であるのに、「伝統の一戦」なんて言葉を聞くと、味噌汁吹き出しそうになります。更に卑近な例でいえば、相撲がありますけど、これを「伝統の国技」なんて言われても、「まあ、ちょんまげ結っているからそうなのかねえ…」くらいにしか思えません。その起源を古事記や日本書紀としているようで、古墳時代にも「相撲?」と思えるような埴輪が出土しているらしく、「神代からの伝統の…」なんて言われているようですけど、レスリングやボクシングなど、格闘なんて古代から世界中にその痕跡(絵、像~)を残しています。古墳時代の埴輪で「組み合っているような造形」のものが出土したからといって、何でそれが相撲であると特定できるのか? ただの喧嘩かもしれません。それらが現代の相撲と連綿とつながっている証拠はあるのでしょうか。一般的に明確なものはありません。

そもそも相撲が「女人禁制」なんて、何に由来するものなのでしょうか。相撲がどこかで「神事」とくっ付き、神道が忌む「女人の月の障り(生理)」がそのまま相撲の伝統とやらになったのでしょうか。いずれにしても格闘技は世界中で古くから存在し、相撲だけが特別ではありません。しかし、いつからか「神道」とくっ付いて何故か「日本古来の伝統」ってな事になったのでしょう。相撲なんて要はスポーツ的な格闘術で、興行として発達したイベントビジネスです。そこはボクシングやレスリングなんかと同じでしょう。ですから、未だに相撲が「女人禁制」を「伝統」としているのには根拠なんてありません。そもそも日本書紀の時代や、室町時代、それどころか、戦後にも「女相撲」が存在したのは事実です。それを殊更左様に「日本古来の伝統」なんて言って、土俵への「女人禁制」なんてのを言い張る相撲協会は一生懸命に「伝統の発明」を守っているだけでは。「国技」なんてのも、明治期に「国技館」を造ってから言われ始めた言葉でしょう。

「武士道」なんてのもそうです。凄惨な戦いの中で、人としての拠り所となる「美意識」が生まれることには洋の東西もなく、騎士道も紳士の概念も同じようなものでしょう。歴史を学べば、「戦い」の中に必ず一つの体系だった価値観である「道」のようなものが生まれてくるのは必然であるように思えます。「武士道」もそうでしょう。その武士道が日本人の伝統的・根源的精神を形作っているとの認識は、近いところではやはり新渡戸稲造の「武士道」によるところが大きいと思います。が、この辺りを本気で論じるとすれば、本が数冊も書けるほどになりますので、まずは素朴に感じる辺りに留めて考えてみたいと思います。まず、武士道なるものが生まれたのは鎌倉時代でも室町時代でも、元亀天正の戦国時代ではなく、戦闘要員である「サムライ」がいなくなった江戸時代でしょう。そこで「刀」がその精神的な象徴、「魂」となって、葉隠れなどに見られる先鋭な精神文化へと昇華されていったのでしょう。

武士とは戦闘集団を構成する者たちです。その力は戦場で大いに発揮されたでしょうけど、その血なまぐさい時代に、腰の刀は武器としてそれほど活躍していません。もっとも多い戦傷は矢傷・槍傷で、刀傷は殆どなかったようです。刀は最後の武器、もしくは相手の首を取るときに使われたのでしょう。応仁の乱でもそうですけど、その時代の武士の主な武器は弓矢です。記録にも残っていますが、応仁の乱などでは敵味方お互いが弓を射ち合い、その弓が尽きると戦闘も終わったようです。勇ましい白兵戦など殆どなく、お互いに離れた位置からの攻撃が戦術の中心(遠戦指向)であったようです。そして、長い戦国の世が終わって槍も弓矢も無用となり戦闘力を失いますが、武士がそのまま支配者として君臨し続けるにはそれを裏付けるための、戦闘という「実力」に代わる「権威」が必要となるのです。そこに腰に残っている「刀」を魂とした「武士道」が生まれたのでしょう。武士がいなくなって「武士道」が生まれたという訳です。「日本人の精神性の核である武士道」なんていうのは、これも「伝統の発明」の典型では。

最後はかなり身近な例でいきます。それはサラリーマン(給与所得者)です。その社会的身分の象徴である「終身雇用」と「年功序列」は遥か昔からの伝統であると思っていた人も多いでしょう(今でも多いのかね?)。これにしても、せいぜいが戦後の昭和30年代から、復興期から高度経済成長期に向かって、各企業が社員を確保するために行ったことが定着してしまった訳で、今現在ではもうそれが無理になってきているのに、未だ、「一括採用」という世界的には珍しい採用方法から「思い込み伝統」の「終身雇用」「年功序列」なんてのが窒息状態で生きているのだと思います。これも「伝統の発明」。そもそもサラリーマンなんて、昭和の初期には珍しくて、全就業人口の8%程度であることを、坂口安吾のエッセイで読んだことがあります。その時代の就業人口の80%は第一次産業(農業、林業、漁業等)に従事し、それが産業構造の変化で、バブル前の頃にはサラリーマンが80%を超えていたと記憶しています。昭和の初期にはお百姓さんだった人たちが昭和の終わりごろにはサラリーマンになっていたという、それだけの事です。

ハイ、われわれの周りには「伝統の発明」なんてゴロゴロしています。つい、「伝統」なんて権威に頼ってしまうと、時代の変化を見誤ってしまうか気付かないという事になってしまいます。眉に唾をタップリつけて、ご用心。

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