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人文・思想 その45「かくれキリシタン 人に寄り添うもの 宗教の原点か…」


本 「碩学(せきがく)」と呼ばれたり「博学(はくがく)」と呼ばれたりする方とは違って「雑学(ざつがく)」を以て成り立つ「雑学脳」は、正々堂々とご都合主義に染まることがあります。要は「正当性」などある意味で無視して、その縛りからやすやすと逃れ、勝手気ままに考え始めるのです。「夢想」しかり「白昼夢」しかり「妄想」しかり、です。と、迷彩を撒いといた上で、破綻覚悟の思考に入ります。

で、テーマに掲げたのは「かくれ(隠れ、カクレ)キリシタン」です。「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」が2018年7月にユネスコ世界遺産委員会で「世界文化遺産登録」に決定されました。「隠れキリシタン」は日本史の教科書で知ってはいましたが、そこにユネスコ世界遺産委員会が認める「顕著な普遍的価値」があるという認識は、恥ずかしながら持っていませんでした。教科書的には、1587年(天正15年)、豊臣秀吉の「伴天連(ばてれん)追放令」から、1614年(慶長19年)、江戸幕府によるキリスト教の「禁教令」によりキリスト教の信徒が、禁教下での迫害や弾圧を避けるために「潜伏(隠れた)」し、その時に改宗を迫るために、キリストやマリアのレリーフを施した「踏み絵」を使い、キリシタンを炙り出そうとしたことなどを一般教養的に知っている程度です。ちなみに「伴天連(ばてれん)」というのはポルトガル語で「神父」の意味の "padre"がその由来だそうです。更に余談ですが、キリスト教信者の中には平気で踏み絵を踏む猛者がけっこういたそうです。

多くの方がそうではなかろうかと思うのですが、一般的な教養以上の事を学校の教科書は教えてくれませんでした。ところが、「世界文化遺産登録」され、その「普遍的価値」なるものを新聞などのメディアで目にし始めると、今まで知っていたイメージとは少々違うその姿に、私の「雑学脳」がうごめき始めたのです。日本にキリスト教が伝わった時期についてはいくつかの説があるようですが、一般的には1549年(天文18年)にカトリック教会の修道会である、イエズス会のフランシスコ・ザビエルが日本を訪れたのが最初の伝来であり、そこからキリスト教の布教が始まったという事で間違いないでしょう。ちなみにザビエルは「神父」で、いわゆる「伴天連(ばてれん)」です。では「牧師」というのは? ハイ、これはプロテスタントの聖職者です。余談ですが、神父は妻帯を認められませんけど、牧師はOKです。で、日本のキリスト教というのはカトリックとなります。

キリスト教は織田信長の庇護を受け、日本に広がっていきます。織田信長がキリスト教を庇護したのはそこにつながる「南蛮貿易」の利益を重視したからでしょう。実際、交易の先兵としてキリスト教の神父は世界中で頑張っていたようですから。とはいえ、織田信長の庇護だけではキリスト教が広まる力が強すぎるように思います。おそらく、その「神の前ではすべての者が平等」という教義に触れ、イエス・キリストと聖母マリアは「常にあなたのそばに寄り添っています」という「愛」の概念をこのキリスト教が伝えたからではないでしょうか。そのような考え方は、それまでの日本には無く、多くの人が共感し、改宗していったのではないでしょうか。庶民も大名も。

ここでまず「雑学脳」がモゾモゾッと動き始めます。確かにこれほどにはっきりと「愛」の概念を示し、「神のもとでの平等」を謳った宗教は日本に存在しなかったでしょうけど、かなり似たものはありました。それは、法然と親鸞の説く「絶対他力」です。この言葉はよく「他力本願」として誤解されるようですけど、「他人任せ」のような意味では無く、その本質は「人は、自らを自分一人では救えない」にあります。興味のある方はこの編の「その39 黄金の2トップ 法然無くして親鸞無し 信仰の最終形」をご覧ください。そこには、「南無阿弥陀仏」の六文字を唱えることによって「寄り添う仏」の姿が現れ、親鸞の「歎異抄」にあるように、「愛」のように風呂敷の広さはありませんが、「善人と悪人」を区別しない「悪人正機説 」があります。(余談ですが、この「悪人正機説 」は親鸞のオリジナルではなく、それ以前の仏教の中にすでにあったようです。詳細は割愛します)。

で、キリスト教の信者は結果的に、その信仰心を残したまま、豊臣秀吉の「伴天連(ばてれん)追放令」で神父を失い、徳川幕府の「禁教令」でカトリック(イエズス会)とのつながりを無くしてしまい、明治期のキリスト教解禁までの長きにわたり、「潜伏」したままその信仰のスタイルを独特のものへと変貌させていったようです。ここの所はあまりよく知りませんでした。この潜伏時期のキリシタンはそのままの通り、(便宜的に)「潜伏キリシタン」と呼ばれていたようで、キリスト教が解禁されて、信者がカソリックに復帰する中で、「潜伏キリシタン」の信仰形態をそのまま引き継いでいく「かくれキリシタン」が生まれたという事のようです。

その「かくれキリシタン」の信仰形態の中で最も特徴的なものは「オラショ」と呼ばれる祈りの言葉でしょう。ラテン語のオラシオ (oratio、祈祷文) に由来し、その祈りの言葉には「節」があります。300年間あまり、口伝えに伝承されたもので、「経典」といったような形は無く、聖書などとは異なるもののようです。実際に聞いてみてもその唱えている意味は分かりません。が、どうもラテン語が訛ったものと日本語が混じっているようです。このオラショは聖歌として認められているようで、そのルーツは9世紀から10世紀のグレゴリオ聖歌にあるとの事です。しかし、長い口伝えの中でその意味は伝承しきれず、祈りの言葉として形骸化したようです。キリスト教が長い年月の中で本来の姿から切り離され、「土着化」してゆくのは民俗学的にも無理からぬことなのでしょうけど、そこに見えるものは「宗教の原点」ともいうべき姿ではないかと思います。それは、先に述べた法然の言葉のように「人は、自らを自分一人では救えない」事実であり、「何かに寄り添い、寄り添われて生きていく」存在が人間であるという事を端的に表しているのではないでしょうか。そうしたシンプルなコアを持つが故に、何百年も生き残ってきたのでは…。

今現在ではそうした「かくれキリシタン」の信仰は存続の危機にあるようです。もう隠れる必要もなく、現実の生活の中に姿を現した信仰は、もう存在意義を失ったのかもしれません。少なくとも、「かくれキリシタン」が「過酷な迫害を耐え忍び、神仏崇拝の姿を装いながら信仰の灯を守り抜いてきた、敬虔なキリシタン」という予定調和的なイメージとは異なるものであることは分かりましたが、前述したとおり、その信仰形態に「宗教なるものの原型」を強く感じます。「あなたは一人ではない。常に寄り添うものが傍らにある」。それを失うと、人というものは、どれほどの暗闇に突き落とされるのか。故に宗教なるものが人には必要であるという必然性を思い知らされるのです。

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