テキトー雑学堂 タイトルバナー

科学・テクノロジー その10「ミクロを捉える人の手 ものつくりの技」


本 「ミクロ」とは100万分の1の世界。今は単位として「マイクロメートル(Micrometer、昔のミクロン:Micron、ただし、Microの英語発音ではどちらもマイクロ)」。これをmmで言えば1000分の1mm。当然、人の目には見えない世界です。ちなみに「ミクロ」に対して「マクロ(Macro)」という言葉がありますが、どちらも接頭語であり、前者が「小さい、とか微視的」、後者が「大きい、とか巨視的」。経済用語などでも使われますが、要は定性的に使われる言葉で、「小さい、大きい」の対立概念を表します。

話が逸れましたので、元に戻します。その「目に見えない世界」を感じ取る感覚器官を人間は持っているようです。「~ようです」と書いたのは、万人が持っているものではないからです。生まれつきの感覚か、修行・鍛錬によって得る感覚なのか…。「職人」という、熟練した技術を持つ者には、一般の者にはツルツルの表面が、その感覚を持った手に凸凹が感じられるそうです。触覚の成せる技なのでしょうが、どんな精密工作機械で仕上げたものでも、最後にはその感覚を持つ「人」の力で最終の仕上げを行うようです。
   
以前にTVで「本四架橋」建造のルポ番組を見ていた時に「メタルタッチ(Metal touch)」という聞きなれない言葉が出てきました。大雑把に言えば、大型建造物(橋、建物)の鉄骨構造の柱を、ボルトや溶接ではなく、接合部の両端面を平らに削り上げて相互を密着させる継手工法の事だそうです。つまり、ツルツルの金属面同士をくっ付けてつなぐそうですが、その強度は殆ど「一体化」するほどのものということです。本四架橋の橋ゲタがそれでつながれているとの事。その時は、積み木のようなイメージを持ってしまい「大丈夫かいな、そんなんで?」と、高所恐怖症の私は、置かれているだけの橋ゲタの上を通るのは、何か怖いような気がしましたが、工業界ではごく普通の技術だそうです。ビルなどの柱にも使われているそうです。しつこいようですが、高所恐怖症としてはそれを聞いて、高いビルの上が更に怖くなりましたけど…。ホースなどの継手にも使われているそうです。つまり、端的に言えば、素材の「分子レベル」までピッタリの面をくっ付けると、ホントに一体化するくらいの強度が生まれるそうです。
     
そのメタルタッチなる工法もさることながら、もっと興味深かったのは、柱の継ぎ目同士をほぼ完全な平面に仕上げるのに、最終的には「人間」の感覚が必要ということです。機械でほぼ完全な平面に仕上がっているように見える接合面を、ヘルメットをかぶった技術者が「手で入念に触りながら」チェックし、微かな歪みを発見すると、なんと、それを手で磨き始めるのです。そうしてできた平面同士を合わせると、ピッタリと柱は一体化するそうです。これには少々驚きました。が、そういえば、レンズの研磨も人による「技」です。大型望遠鏡のレンズは機械で削った後、人間の手で最終的に仕上げをします。もちろん、小さな物は機械で作るのでしょうけど。そして、焦点を一点に集める事のできるレンズが出来上がるそうです。さらに、宇宙の果てを見る反射望遠鏡の鏡も、大型になればなるほど建造時に歪みが発生し、それを微調整するのも人間の手であるという話も聞いたことがあります。気が遠くなるような作業でしょう。全くの余談ですが、私にはそんな感覚はありません(当然)。せいぜいがパソコンで、1ピクセルのズレを気にする程度です。
    
そのような事で驚いていたら、ある日の朝日新聞で「100万分の1mm」という数字の入った記事を読みました。町工場で、ステンレス製部品を手仕事で磨く作業だそうです。別の記事では、これも地方の町工場ですけど、やはり「100万分の1mm」の精度を必要とする計測器を、人の手で調整するという話を読みました。もう「ミクロ」ではなく、「ナノ(Nano)」の世界です。既に想像の域を吹っ切られてしまいます。ナノ…。人の手が持つ鋭敏な感覚というのはどこまでの可能性を持っているのでしょうか。機械を作るための機会を「マザーマシン(Mother machine)」といいますが、ではそのマザーマシンは誰が作るのか…? 「おバアさんマシン」でしょうか?

というお茶らけは置いといて、人間が作る訳です。どれほどの精密な機械も、「人の手」から生まれてくるという当然の事実がある訳です。技術者といえば聞こえはいいのですが、「職人」という言葉を使ったら「頑固、高ビー、折り合いが付けにくい(妥協しない)」等々といった、少々とっつきにくいイメージがありますけど、この「職人の気質(かたぎ、とも読みます)」がなければ、ミクロ、ナノに迫る「ものつくり」は成し得ない事でしょう。人の感覚を研ぎ澄ませてくれるのは、まさにこの職人気質であり、それゆえに不断の修練を積み上げる事ができるのだと考えます。今の時代は、どうなのでしょうか…?
    
「今の若いものは…」なんて、古代ギリシャの時代から言われていた言葉ですけど、いつの時代もその「若い者」が修練を積み上げて「神の手」を得ている訳です。アメリカのスペースシャトルが大気圏に突っ込む時、真っ先に猛烈な高温にさらされるあの「丸い鼻」は「へら絞り、へら押し」という、人の手により回転する金属板を「へら」という道具を使って「人の手」で加工されます。プレス機では不可能な精度を、人の手が作る訳です。しかしそうした技術を後継する「若い者」が減っているようです。最近では、若い「職人」がその技術で脚光を浴びる事もあるようですけど、絶対数は不足しているでしょう。狭い市街地で「除雪車」を運転するのも職人技だそうです。いまだに、雪国では高齢の方が運転しているとか。

今や「人の育成」よりも「リストラ:首切り」に熱心な多くの企業よりも、いったん身に付ければ一生モノの「技」にチャレンジして、サラリーマンより「匠」の道に入って行く方が楽しい生き方である、という方向に世の中が向きませんかね。スポーツ選手もある意味、職人です。技術で成り立っている職業ですから。もしかして、金融資本主義全盛の中で、そのパラダイム変化が既に起こっているのではないかと、個人的には密かに感じてはいるのですが…。ミクロ、ナノに迫れる「匠」の時代が来るのを…。理由は「今の時代が与えてくれている逆境」です。歴史を見れば、「逆境の時代」はとんでもない人間を輩出します。

科学・テクノロジー 目次へ



【商品検索】Powered by Amazon

↑「すべて表示」をクリックするとAmazon.co.jpの検索結果一覧に移動します。

■これからギターを始められる方のご参考にでもなれば。
木の音 バナー
「あれこれブログ風」サイト
「不思議」「怖い」「変」を普通に考える。 バナー
「花を楽しむ」サイト
花を飾る バナー


■サイトポリシー ■プロフィール
■お問い合わせ
ページトップへ戻る

Design by Megapx / Template by s-hoshino.com
Copyright(C) Ureagnak All Rights Reserved.