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科学・テクノロジー その15「軽自動車 ガラパゴス的進化? ガラケイ」


本 軽自動車は第二次大戦後の経済復興を目的に、1949年、日本で成立した規格で、エンジンは360cc以下、車幅が1m以内でしたが、それ以前にも特に物資の不足が著しかったヨーロッパの敗戦国(ドイツ、イタリア)では、航空機などの軽量素材や一世を風靡した技術力を持って、マイクロカーなどと呼ばれる超小型車を作っていました。物資の不足は如何ともしがたいものですが、ドイツのメッサーシュミット、BMWの作った超小型車は性能はともかく、サスペンションをゴムで対応させるなど、まさに技術の底力といった自動車を作り、庶民の足としていたようです。実物は極々一部のマニアの手に残っているくらいでしょうが、記録フィルムで見た事があります。特にメッサーシュミットは、フロントのグラスとボンネット部分が一体となり、そこがドアとなっていて、車の前から乗り降りするという斬新な構造で、戦後の荒廃した国土を背景に未来を思わせるようなデザインを見せつけてくれました。多分、原付自転車に上物を被せたようなものでしょうが、庶民の足としてはそれなりに活躍していたようです。

日本にも同様の動きはありましたが、その時代に作られた超小型車はいくつかあったようですけど、資料も無く、事業的にも短命(資本の限界)で、殆ど分かりません。国が音頭を取った「軽自動車」も、本格的な四輪自動車を作るにはどうにも困難な規格で、自動車免許の実地試験免除などの優遇措置に加え、翌1950年には車幅が1.3mまで拡大されましたが、この規格では三輪が限界で、オート三輪トラックが主流となったようです。私が子供の頃に、まだ走っていました。バタバタ走るので「バタンコ」と呼んでいました。ハンドルは今のような丸いものではなく、バイクと同じような形。荷物の運搬には活躍したでしょうけど、人が4人乗れる四輪乗用車が登場するのは1955年の鈴木自動車工業(元スズキ)のスズキ・スズライトが発売されるまで時間がかかったようです。これで「軽」という規格内でも「国民車構想」に対応できる四輪乗用車の製造が可能である事を証明できたようですが、如何せん、当時の平均月収が数万円の時代で、車両価格が40万円を超える車はとても「庶民の足」にはなり得ませんでした。
     
軽四輪自動車が国民に一気に広がるのは1958年の、かの「スバル360」が登場してからです。フォルクスワーゲンのあだ名となっていた「カブトムシ」に対比して、「テントウムシ」の名で親しまれた、日本軽自動車史上の名車が出現しました。このスバル360の開発物語は昔、某局が番組化しましたが、私が一番驚いたのはそのサスペンション能力。当時はまだ舗装道路は少なく、道も凸凹です。そこを、スーッと走って行く姿(もちろん今の車ほどではないですけど)にビックリしました。もちろん私の世代はスバル360がまだ現役であった時代を過ごしているのですが、子供の頃は自動車に関しての知識などありません。

そのサスペンション能力を実現させているのは「トーションバースプリング」です。簡単に言えば鉄の棒を横にして、その捻じれでスプリング効果を生み出しているという構造です。まともに作ろうとすればかなりの高コストになります。それならスプリングの方が安い筈なのですが、軽量化に問題が出ます。あくまでもトーションバー方式にこだわったのか、驚くべき「鍛造法(金属を鍛える)」で対応します。確か、空気圧で細かい鋼鉄球を万遍なくバーに打ち込むことで、低コストの鍛造バーを作り出したのです。その後、素材の改良でもっと簡単に強度の高いトーションバーを低コストで得られるようになるようですが、この辺りにかつての日本の「もの作り」への姿勢がうかがえます。

さらに驚くのは車体がモノコック構造(ボディーが一体成型)であった事。これは同社が戦前の元航空技術者を多く擁していたため、いわば「得意技」になるのでしょうが、その先進性にはとにかく驚かされるばかりです。もちろん、RR(リアエンジン・リア駆動方式)でドライブシャフトを省略するなど、その他にも様々な技術、「人間の工夫」がありますが、この愛らしいテントウムシは軽自動車の市場を拡大し、1970年まで製造され続けます。スバル360は小柄な日本人向けだから開発可能だったと思われるでしょうが、あのイギリスのミニと室内容量は同じです。軽自動車は北米に輸出されて好評も得ています(エンジンは高排気量化されていますけど)。運輸省(現国土交通省)の公道での認定試験で、一人の運輸省職員を同乗させて(本当は二人乗らなければいけないのですが、職員のもう一人が車の小ささにビビッて、代わりに55kg分の錘を載せたようです)、箱根の坂を軽快に飛ばしていったそうです。スバル360という軽自動車は、小さいだけの自動車ではないのです。
     
このスバル360の後にもスズキの「アルト」、ダイハツの「ミラ」、いわゆるハッチバックスタイルの「軽ボンネットバン」が主流となり、軽自動車は税制の優遇や「車庫証明」などの煩わしい手続きが不要な事からその後も、取り回しの軽さなどから主婦層を中心としたユーザーから広く支持をされ、日本独特の軽自動車市場を作り上げていきます。ちなみに、お向かいの国々にも軽自動車と同じような規格の車はありますが、廉価版の小型車といったところで、日本のような進化はしていません。世界的に見て、軽自動車のような独自の企画で進化した車の市場を持つ国は日本だけです。道路の狭さ、家(=駐車場)の狭さ、日本人の体格の問題など、色々な要素はあるでしょうが、それだけで軽自動車がここまで進化し続ける理由としてはどれも決定打とはなりません。

国の政策もあるでしょうが、私はそこにこの日本独自の「もの作り」に対する姿勢を強く感じてしまうのです。それは「限られた規格(条件・制約)の中で最高のものを作り上げる」という精神です。強度が足りなければ補強すればいい、力が足りなければ排気量をあげればいい、スペースが問題なら広くすればいい、といった単純合理的な対応ではなく、どうすればこの条件の中で強度が上がるのか、パワーを出せるようになるのか、コンパクトにできるのか、といった「チャレンジ精神」がその源にあるとしか考えられません。それが日本の「もの作り」の原点です(言い切ります!)。

「ガラパゴス」と自嘲するのはけっこうですが、それは同時に「この国にしかない」と言う事でもあります。軽自動車はかつてほどの優遇的な環境は無くなり、その規格の意味性も薄れて来ていますが、市場をみればまだまだ。新車販売シェアは4割(2013年実績)! かつては腰が引けていた自動車メーカーもこぞって軽自動車メーカーに参入してきています。ガラケイでいいのです! もう一度言います。それは「世界に取り残されている」のではなく、「世界のどこも真似できない」ということです。

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