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科学・テクノロジー その23「地上を駆ける戦闘機 TOYOTA2000GT」


本 ある日、所用で車を走らせていたら、途中にあった交差点角のトヨタディーラー・ショールームの、ある車のシルエットが目に飛び込んで来ました。思わずそれを見やると、そこにはトヨタ2000GTの姿…。交差点を通り過ぎる間、どうしてもその車のシルエットが目に入ってきます。止まる訳にはいかないのでそのまま走りすぎましたが…。今の車に混じって飾られていても、全く遜色のない美しいシルエットです。いや、今の車には及びもつかない造形美…。しかし、なんでトヨタ2000GTが? まあ、当然、トヨタのアトラクションでしょう。しかし、元々が三百数十台しか生産されず、現存数は何台くらいか分かりませんが、完動車は数十台くらいか。その貴重な車を見ることができました。

帰りはちょうど交差点の信号が赤になるように速度を調整し、後ろの車には迷惑だったかもしれませんが、バッチリ赤で交差点前に停まり、角のショールームに飾ってあるトヨタ2000GTのお姿をしばらく眺めることができました。アイボリーカラーの美しいクルマです。ウットリと眺めていたら、後ろの車にクラクションを喰らいましたが。この車が生産されたのは1967年から1970年です。トヨタブランドですが、当時のヤマハ発動機に生産委託されていたようです。ですから、ヤマハの本社にはゴールドカラーの2000GTが飾られています。当時、ヤマハ発動機は既にオートバイメーカーとして日本を代表する存在であり、スポーツカー開発を目指したトヨタがパートナーとしたのでしょう。ヤマハ発動機は日産とも組んでスポーツカーを開発していましたが、そちらは日産の事情によって日の目を見ることはありませんでした。しかし、何故トヨタはあの時代にこの2000GTを開発しようとしたのか? 答えはライバルである日産やホンダ技研工業へ対抗するためです。
     
1956年、経済企画庁が経済白書「日本経済の成長と近代化」に記述した「もはや戦後ではない」という言葉が流行語ともなり、時代は高度経済成長期を迎えます。その中で日本の各産業は目覚ましい発展(復興)を遂げ、1960年代前半には日本もモータリゼーション(自動車の大衆化)の時代を迎えます。しかし、当時、日本を代表する自動車メーカーであったトヨタには「スポーツカー」と呼べる車がありませんでした。ライバルの日産にはフェアレディ、本田技研にはSシリーズ。で、トヨタは、パブリカのパワーユニットから「パブリカ・スポーツ」の試作を進め、トヨタ・スポーツ800へと発展させていきますが、これは1000cc以下のクラスであり、当時、2000ccオーバーの乗用車を生産していたメーカーのイメージリーダーとなり得る存在ではなかったようです。そのため、輸出市場やレースで通用する性能を持った、より大型の本格的なスポーツカー開発に乗り出します。

開発は1964年に開始され、シャーシやスタイリングの基本設計はトヨタによって進められ、エンジン(2リッター直列6気筒DOHC:150馬力)の開発はヤマハ発動機で進められたようです。スポーツカーは、レースなどでメーカーの技術力をアピールし、メーカーのイメージアップに大きく貢献する存在であったという事です。広告・PRですね。ちなみに、トヨタ2000GTは一部で「ヤマハ2000GT」であると揶揄されている事実があるようです。事実、ヤマハ発動機の協力の下に出来上がった車ですが、ヤマハ発動機は公式に「技術供与」としています。私は基本的にどちらでもいいと思っています。もしヤマハ発動機に「ほぼ単独で2000GTを作る力」があったのなら、なぜ今、ヤマハ発動機は自動車メーカになっていないのでしょうか? 販路の問題? 契約上の問題? そんなのはどうにでもなるでしょう。私は、たまたまTVで「トヨタ2000GT」の開発記録映像を見た時から、「どちらのメーカーの名前を冠しようとも、あの車が2000GTである事には変わりない」と思っています。トヨタだからできた車というより、日本の自動車メーカー界が作り上げた「宝石」ともいえる存在です。
     
私の世代はこのトヨタ2000GTが販売された時期をリアルタイムで経験しているのですが、何せ私自身が住んでいたのはド田舎でしたので、この車が公道を走っている姿を見た記憶がありません。まあ、生産台数が生産台数ですけど。ちなみにこの時代、1967年に2シータークーペモデルとして発売されたマツダ・コスモスポーツもトヨタ2000GTに勝るとも劣らない強烈なインパクトを持つ車です。世界で初めての実用的なロータリーエンジンを積んだスポーツカーであり、その完成度の高さは耐久レースでの完走、上位入賞で証明されています。これは見た記憶があります。なんせ、昔住んでいたのが瀬戸内海沿岸の某地方都市ですから。トヨタ2000GTも1万マイル・スピードトライアルで樹立した数々の記録で、その名前を世界に知らしめます。スプリントレースでは少々パッとしなかったようですが、それはこの車がGT、つまりグランツーリスモ、長距離を高速で移動する車であるという事です。

記録映像で見た、「黄色と緑」にペイントされた2000GTが谷田部の高速運転試験場で疾走する姿は、まるで「地上を駆ける戦闘機」です。そのイメージは(戦争とつながるので不謹慎かもしれませんが)、どうしても「零戦」「隼」の、コンパクトで自在に動き回る「戦闘機」と重なって見えるのです。当時の車としては極端に落とされた車高。決して大きくない車体に芸術的に納められたエンジン。バッテリーなどは車体横のパネルの下に収まっています。正直、整備性は良くないでしょうが、言ってみれば「アンコがむっちりと入った鯛焼き」です(表現が変?)。
   
とにかく美しいのです。性能から見れば今のスポーツカーには敵わないでしょうが、そのシルエットの美しさは、今の自動車メーカーが失ったものではないでしょうか。機能を突き詰めた所に現れる「美しさ」。やたらに「加工自由度」が上がって、「何が言いたいの?」って思うようなデザインの車が増え過ぎています。2000GTの時代にあった、日産フェアレディ、ホンダS800、いすゞベレットGT1600、スバル1000、マツダコスモスポーツ…。今見ても、その美しいシルエットに魅入られてしまいます。

ちなみに、2000GTは007の「007は二度死ぬ」に登場しますが、その姿はオープンカー。2000GTにオープンカー仕様はありません。なんでも、大柄なショーン・コネリーが車に収まりきらないし、姿が見えない、ということで急遽、半月余りで改造したらしいのですが、まともに考えれば無謀。しかし、それをやってのけた現場の職人魂には敬意を表します。日本の自動車メーカーが失ったのはそういう職人的「お茶目」さではないでしょうかね。新型の86もいいけど、もう一度、あのシルエットを復活させることはできないのでしょうか。今のどの車よりも、美しい…。

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