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科学・テクノロジー その28「まさに疑問と好奇心の不規則運動 イグノーベル賞」


本 私は「雑学」というものを「落ち着きのない疑問と好奇心の不規則運動」と定義しています。まあ、表現というか、言葉だけの問題ですが、疑問や好奇心の発するところを考えれば、それは誰もが持っている「脳味噌」の中で蠢いているものでしょう。それが実際に「研究・開発」という行動に及び、その具体的な成果物が世の中を様々に変えていくのは事実です。それが「ハッピーな進化」かといえば、悩ましい所ですが…。「ウランの核分裂」の発見がもたらしたものは、これ以上ない殺人兵器である「核」ですし、戦争の現場を見れば、これでもかと言いたいくらい「人を如何に効率よく殺すか」という機械の開発に、世界中が血道を上げています。考えて、そして技術を開発すること自体は「人の技」として驚愕するのみですが、実際にそこに作られ、高度な技として姿を現すものは、往々にしてなんとも背筋の凍りつく「兵器」です。

スウェーデンのアルフレッド・ベルンハルド・ノーベル(Alfred Bernhard Nobel:1833年~1896)は、ダイナマイトを発明し、巨万の富を得ますが、それが戦争の兵器として使われ、大量殺戮を可能にした事への悔恨から、死後、その遺産でノーベル賞を創設し、物理学、化学、生理学・医学、文学、平和、経済学の6分野で顕著な功績を上げた者にその賞を贈りました。私は個人的に、ノーベルがダイナマイトによる巨万の富と引き換えに、「大量の破壊」と「多くの人の命を奪った」ことへの償い的な行為としてノーベル賞を創設したという通説には頷けません。実際は、生前より死の商人とされていたため、死後の名誉を守りたかったのでは…。同じような例は、原子爆弾(核兵器)をこの世に送り出したオッペンハイマーたちにも同じような経緯が見られますが、その成果が最終的に「平和的なもの」に限定されるとは思っていなかったでしょう。彼らは科学者であり、政治家(ノーベルは商人)ではありませんけど、その負の側面からは逃れられません。すべては人間の「脳味噌」から現実世界に姿を現すのですが、「核」に至る科学の歴史が、ノーベル賞受賞者(物理学)の栄誉と一致するものではないと考えます。技術の進歩が、人にとって必ずしもハッピーであるとは思えませんから。ノーベル賞を否定している訳ではありませんが、「ダイナマイト」の富を元に生まれた賞が、「核」へと至った道を考えると…。

で、本家ノーベル賞の事はこの辺で置いといて、まさに人間の「脳味噌」の更なる可能性を現してくれるのが「イグノーベル賞:Ig Nobel」だと思います。その精神は、"Laugh and Think" にあり、つまりその栄誉は「人々を笑わせ、そして考えさせてくれる研究」に贈られます。1991年に創立された当初はノーベル賞の「パロディ版」という、下手をすれば不謹慎ともとられかねないような賞で、私もそう思っていました。しかし、今では違います。その研究は「本格的」であり、その成果はまさに人の「疑問と好奇心」そのものを解明してくれるものであると思います。2006年の数学賞「記念撮影の際に一人も目をつぶっていない確立を計算」とか、2011年の心理学賞「人がなぜため息をつくかの研究」などはどう転ぼうと「平和的」です。その初期の、まだパロディ的な色合いを残していた頃、1991年の平和賞は「生涯を通じて平和の意味を変えようと努力」で、水爆の開発者エドワード・テラー博士に贈られています。また、1996年の平和賞は「広島原爆50周年に合わせ太平洋で核実験を実施」で、フランスのシラク大統領に送られています。パロディだとしても、これは痛烈な批判の一撃で、まさにパロディが持つ破壊力を如実に表しています。まさに "Laugh and Think" 。

イグノーベル賞は、サイエンス・ユーモア雑誌「風変わりな(ありそうもない)研究の年報 :Annals of Improbable Research」と、その編集者であるマーク・エイブラハムズによって企画運営されています。その授賞式は毎年秋に、ハーバード大学の構内にある劇場で行われます。入場チケットは千席余りだそうですが、事前に売り切れる大人気であるとか。受賞者は60秒の持ち時間で自分の研究を紹介しますが、その内容にも「面白可笑しく:Laugh and Think」が要求されます。賞金などは出ず、受賞者の交通費も自己負担だそうです。ちなみに、イグノーベル賞には決まった受賞ジャンルは無いそうです。「生物多様学賞」「公衆衛生学賞」なんてのもあります。テキトーなのがいいですね。

このイグノーベル賞受賞のトップ3は、アメリカとイギリス、続いてはなんと日本です。本家ノーベル賞でもアメリカとイギリスは1位2位ですが、日本は7位です(アジアで唯一のトップ10)。が、イグノーベル賞では3位。初めての受賞は1992年、「足の悪臭の原因物質を解明」で医学賞を資生堂チームが受賞。つづいては1995年、「訓練でハトにピカソとモネの絵を見分けさせる」で心理学賞を慶応大チームが受賞しています。更に面白い所では、1997年、「数百万人の労働時間を仮想ペットの世話に転換させた」で経済学賞をバンダイが受賞。これ、あの「タマゴッチ(懐かしい…)」です。2002年には「イヌ語をヒト語に翻訳する装置の発明」で平和賞をタカラなどが受賞。

あと、日本が受賞した「面白可笑しい」ものをかいつまんでみると、2011年、「わさびを使った警報装置の開発」で滋賀医科大などが化学賞。2012年、「相手の発言を妨害する装置の発明」で産業技術総合研究所などが音響学賞。2013年、「タマネギを切ると涙が出る仕組み」でハウス食品などが化学賞。2014年、「バナナの皮を踏んだときの滑りやすさの解明」で北里大チームが物理学賞。それから、これは外国の受賞したイグノーベル賞なのですが、2009年、「ガスマスクになるブラジャーの開発」で公衆衛生学賞。2014年、「トーストの焦げ跡がキリストの顔に見える脳内の仕組みの研究」で神経科学賞。2015年、「すべての言語には『はぁ?』という言葉が存在するらしいことを発見」で文学賞。中には「宇宙人による誘拐」とか「水が記憶力を持つ」といった研究などもあり、現在の科学では否定、もしくは認められていないような研究まで受賞した事もあるそうです。キリがないので、これくらいにしますが、最近ではイグノーベル賞といえどもその研究内容はかなり高度なものとなっています。端的に言いきれば、本家ノーベル賞にも劣らないような本格的なものも対象となっているようです。

ではなぜ、日本はイグノーベル賞受賞の常連なのでしょうか? 主催者であるマーク・エイブラハムズによれば、それは国民性なのではないかとの事です。アメリカもイギリスも、そして日本も、色々な考えを排除せずに「受け入れる」素地があるのではないか、と。大いに同感します。そもそもが「日本的社会」の源流は、と云うことを考える時、私は「万葉集」の時代にあるのではないかと思います。対象を「あるがままに受け入れ」、そして頓着せず、良い意味で「無常」の中を流れていく…。そんな精神性があの時代の日本人の中で育まれたのではないか、と考える次第です。これは「遊び心」にも通じるもので、そんな「たおやかな」社会を日本はいまだに持っているのではないでしょうか。ちなみに、本家のノーベル賞では3位のドイツが、イグノーベル賞では殆ど受賞が無いとか…。さすがドイツ観念哲学、物事を「価値、本質」から考えて行くからではないでしょうか。好奇心タップリで「結果オーライ」のテキトー精神を日本人の方が持っているのでしょう(多分)。少なくとも私にとってはその方が居心地がいい。しかし、本家ノーベル賞の受賞といい、イグノーベル賞の受賞といい、ホント、この国はアジアの中の国としては面白い。

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