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科学・テクノロジー その5「パソコンは人間の脳とどう共存していくのか…」


本 「20世紀最大の発明(発明品、プロダクツ)は何でしょうか?」というのはよくある質問ですが、私の答えは「多すぎて分からない」です。お粗末な答えですいません。しかし、20世紀は同時に「大戦争」の時代でもあり、国家間同士の殺し合いが、中世の百や千から、数百万まで行ってしまった時代でもあります。「歴史・地理 その2」にも書きましたが、誠に皮肉な事に古来より戦争に拠って人の考えも道具も飛躍的に進歩して来たのは事実です。それがハデであればあるほど、「死者の数だけ人は進歩(?)してきた」と揶揄する事も出来ると思います。この辺りは本ページの主題ではありませんが、その大戦争の時代の中で発明されたものでとんでもない物の筆頭は、まず核兵器でしょう。その前提として物理学の飛躍的な発展がありますけど。

医学にしても遺伝子(神の領域?)の世界まで来ていますし、核兵器と同じように工学から見ればテレビ、自動車、飛行機、ヘリコプター、ロケット、人工衛星とキリがありません。どれも「大ネタ」なので機会を改めてまとめてみたいと思いますが、そうした中で、私個人が自分のケースヒストリーの中で「大発明」と考えるものはインスタントラーメンとPC(パソコン)です。初めて出会ったインスタントラーメンは某メーカーのチキンラーメンですが、後に出会うPCと同じくらいカルチャーショックを子供のころに覚えました。こんなにおいしいものがこんなに簡単に作って食べられる…。昭和30年代です。
 
で、本題のパソコンに行きます。最初に出会ったパソコンは、私の世代の日本人はみなそうかもしれませんが、某NECの98シリーズです(その前に80シリーズがありました)。既に某アップルが「アップルⅡ」を発表していましたけど、日本では某NECの98シリーズからパソコンなるものが一般に浸透し始めたと思います。当時は、カセットテープ(懐かしい)が記憶メディアとして使われていました。私自身は当時、パソコンなるものにさしたる興味もありませんでしたが、1980年代後半に出会った某アップルの「マッキントッシュ」には今でも忘れられない程の衝撃、まさにカルチャーショックを覚えました。

最初に見たのは会社(短いサラリーマン生活時代)です。たしか、日本に最初に入ってきたのは518Kの後継機種Plusだったと思いますが、そのパソコンのインターフェイスには、何といっていいのか、あえて表現すれば「頭の中で整理していた事が、これなら目で見て整理できる!」と感じた次第でして。それまでのパソコン(オフィスコンピューターも)はCUI(Character user interface)で、パソコンを使うにはコマンドをキーボードから入力しなければなりません(そのための知識が必要)でしたが、マッキントッシュ(アップルⅡも)はグラフィカルユーザインタフェース、GUI(Graphical User Interface)で、マウスを操作して、画面での直感的な操作が可能になった訳です。遅れて某MSのWindowsも発表されましたが。
   
その頃、会社なるものに色々と居心地の悪さを感じていて、結果的にフリーランスになった訳ですが、このマッキントッシュが無かったら食って行けたかどうか…。フリーランスでやっていた仕事は「企画屋&物書き」ですけど、マッキントッシュが無いころは、広げた紙の上(時には大判の模造紙)に思いつくまま、考えを書きながら次第に全体をまとめて行くという手法で、企画書の作成も「手書き」に「切り貼り」が普通でした。時には和文タイプ(ご存知?)を依頼する事もありましたが、まさにアナログな手法です。それが10インチとはいえ、画面の中で操作できる。まさにそこは「デスクトップ」であり、作業するための机の上、考える為の机の上です。もう、欲しくて欲しくてたまりませんでしたが、当時のマッキントッシュは相当に高価でした。後に有り金はたいて購入しましたが、パソコン本体とプリンター、必要なソフト類を一式買って、100万円(20年以上前ですよ…)では収まりませんでした。まさに当時、パソコンのポルシェと呼ばれた所以です。初めて買ったマッキントッシュはSE30と14インチモニターとのセットです。今ではこの100倍以上の性能のパソコンが50分の1程度の価格で手に入ります。しかし、その当時は十分に元が取れる程、このパソコンが働いてくれました。
   
今では各会社のオフィスで「パソコンは一人一台」の時代ですけど、その当時は「遠い将来にはそうなるかも…」という思いはありましたが、アッという間にそうなってしまいました。しかもそれがインターネットによって全てつながれている…。「コンピュータと通信の融合」をうたった「C&C」(Computer & Communicationの略)は既に1970年代後半に国民機とさえ言われた98シリーズを擁していた某NECによって提唱されていました。その概念自体は世界に先駆けた先進的なスローガンだったと思います。結果、様々なイノベーションの積み重ねにより、まさにその「C&C」が現在、成立しています(しかし、その中心に某NECの98シリーズはいませんが…)。私が初めてマッキントッシュに出会って20年程度で、ですよ。
 
人が想像できる概念とは「実現する」ものだとつくづく思います。今では、現実の机の上だけでなく、どこにでもその「デスクトップ」を持ち出せます。ペンがあり、紙があり、資料があるその環境を、パソコンがどこにでも作り上げてくれます。ゲームもSNSも良いのですが、パソコンは人の脳の中にあるイメージを具体的に視覚化してくれる道具です。今や「デスクトップ」どころか、バーチャルの名のもとに「社会」そのものをパソコンの中に詰め込んでどこにでもその環境を展開できる道具となっています。書籍の電子化はますます加速していくでしょう。その発想は20年以上前に既にありましたが、著作権の問題はもとより、端末の解像度や、通信速度等インフラの問題でなかなか実現するのが容易ではなかったのですが、ここに来て、ほぼ実現の技術的環境は揃ったといえるでしょう。初めて見たマッキントッシュのデスクトップから20数年、パソコンの中で全ての、人にとって必要な社会的活動(創造、コミュニケーション、事務処理、可視化した世界への瞬時の移動、情報加工等々)が可能になってきた訳です。まさに驚異的。人は「社会活動の為の」道具を飛躍的に進歩させたと言えます。
   
で、一番の懸念は、「火」にも匹敵するほどの画期的な、「社会活動の為の道具、パソコン」を手にいれた人間ですが、その結果として、人間の脳は「進化」するのでしょうか、それとも「停滞」と「怠惰」に見舞われるのでしょうか? パソコンと人間の脳はどう共存していくのでしょうか? ここからは余談ですが、それについて、今朝(2013年8月31日)の朝日新聞朝刊の天声人語に面白い事が書いてありました。引用させてもらいます。落語家の桂文珍の言葉ですが「上手に使えばいいものを、火を使い始めたばかりのお猿さんと同じで、まだ使い方がよく分かっていないんですな」と、ネット社会をチクリと刺しています。記事の結びが面白い。だから、時々「炎上」するのはそのためであろうか、とか。それを笑っていられるなら良いのですが、どうも「社会活動の為の道具、パソコン」が人間の脳を「停滞」と「怠惰」に追いやっているような気もします。もっと怖いものも想像してしまいます。それは「ファッショ」です。

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