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歴史・地理 その17「居合 鞘はカタパルト 日本刀の技」


本 日本刀の技である「居合(いあい)」をこのジャンルに入れたのは、やはり日本刀という、この国の歴史と不可分な流れの中で生まれてきたもの、という理由があります。では、この「居合」なるもの、いつ頃に生まれたのでしょうか。室町時代末(から江戸時代初期)に林崎甚助という人物によって創始されたというのが定説のようです。ですが、それが「武芸」として、成り立ったのはそうかもしれませんが、刀を抜くと同時に相手に切りつけるという技自体は古くからあったようです。少々大雑把に考えれば、鎌倉期から室町時代の戦い方は主に「矢」であり、応仁の乱の記録でも、敵・味方で矢を打ち合い、その矢が無くなると戦闘は終了したという記録もあるようです。また、戦国時代にはこのような言葉があったそうです。「槍は切るもの、刀は刺すもの」。これは槍を振るえば広範囲の敵をその穂先で切る事ができます。「槍を振るう」という表現がありますが、多くの敵と戦う時はそのようにブン回していたのでしょう。

集団戦の主な武器は槍と鉄砲になっていきます。武将は刀を腰に挿していましたが、これはどちらかというと「身分的なステイタス」で、鎧を着た者同士が刀を振るうのは最後の落馬した時でしょう。鎧を着た相手に致命傷を与えるには、鎧の隙間から刀を刺し込むのが効率的です。現に地上の組討ち(くみうち)で相手に止めを刺す時は刀ではなく、(多くは)右腰に逆挿ししていた「鎧通し」で、まさに相手の鎧を突き刺していたようです。「鎧通し」は、長さ大凡30cm、棟(むね)が厚く、身巾の狭い短刀で、丈夫な「ドス」ですね。戦国時代が終わり、戦闘のための武器が不要になる中、刀だけが武士の証として残りましたけど、もう世は「戦闘」の時代ではありません。

その中で刀は「武士の魂(精神)」として、哲学的な世界に昇華していったのでしょう。しかし、お飾りという訳ではなく、やはり「闘って、斬って」ナンボの刀ですから、多くの剣術流派を生み出し、練習用には「木刀」から「竹刀&防具」となります。その中で、真剣を使った技の鍛錬として居合が残ったのでしょう。「剣術・剣道」は立ち会う相手同士が「敵」として勝負しますが、「居合」は、咄嗟の敵への対処という想定で行われます。ですから、瞬間の一撃が重要となります。「居合」の「合」は敵に合う、という意味です。居合の練習に相手はいません。
     
で、この「居合」ですが、歴史的にはどうも曖昧模糊としたところがあり、本当はどのような経緯から発生してきたのかよく分かりませんし、知る限りで明確な史料もありません。色々ある説の中で、居合は「短刀での攻撃に対処するための技として発展した」という事がとりあえずの説得力を持っているように思います。この「短刀」とは「鎧通し」の事ではないでしょうね。鎧通しは組討ちの最中の武器ですから。という事は、やはり居合は、戦国の世が終わった頃(安土桃山時代~江戸時代)に発展し始めたのではないかと考えています。戦場の中の技とは考えにくいのです。刀の間合いの内側に短刀を持った者が飛び込んで来れば、圧倒的に短刀の方が有利です。多くの場合は暗殺者でしょうが、隠し持ちやすい短刀を持って標的に近づきます。その暗殺者の短刀が至近距離から攻撃してくるのを刀の一撃で斃す。それが居合の発生であると思います。

「居合」の「居」は座った状態ですが、「片膝立て」「立ち」もあり、今ではほとんどが「居」、即ち座った状態からの技であるようです。型としての立ち技はありますが。昔、武士が並んで歩く時、相手の利き腕側に位置する事を嫌ったといいます。一瞬の「抜き打ち」があるからです。
      
「居合」と「抜刀(ばっとう)術」を同義とするのには少々抵抗があります。「抜刀術」はいわゆる「二の太刀」で相手を斃す「立会(たちあい)」の要素が強いように思うからです。「居合」は「居(座った姿勢)」からの一撃、いわゆる「初発刀(しょはっとう)」で相手を斃すことを重要視しています。「居合」にも「二の太刀」は流派によってありますが、その流派というのが様々で、中には「組討ち」技、「柔術」を取り入れているものもあり、中には少々品のないチャンバラや儀式のような型を取り入れたものも様々にあります。居合の流派には「夢想神伝流」「無双直伝英信流」「無外流」「伯耆流」「新影流」「水鴎流」など様々にありますが、「夢想神伝流」が今の居合の中心的な流派でしょう。この流派は「初発刀」を重視し、「前(初発刀)」「後(当刀:あたりとう)」「右(右刀:うとう」「左(左刀:さとう)」を基本的な型としています。つまり、敵が前後左右、どこから襲ってきても一撃で相手を斃す型です。

ちなみに、テーマに「鞘はカタパルト( Catapult:加速装置)」と書きましたが、これは私自身の考えで、違和感をお持ちの方もいらっしゃるかもしれませんが、居合は、日本刀独自の技であり、あの拵え(こしらえ)があってのものだと思います。帯に挿した刀を素早く抜こうとしたら、刀だけを抜こうとしても上手くいきません。同時に、鞘を後ろに引くようにして刀を一瞬にして抜き、その動作で「加速」された刀身の「物打ち(ものうち:切っ先三寸、刀の先端から10cmくらい)」で相手に致命傷を与えるのが居合の真髄だと思います。ちなみに、居合には「錬士」「教士」「範士」の称号が与えられますが(連盟によっては段級位もあるようですが)、それは「演武」の出来によって与えられます。剣道と違って、先にも書きましたように「相手」がいませんから。ちなみに、剣道にも刀を使った「型」は存在しますが、殆ど「居合」の型と同じです。
   
ところで、では「剣道」と「居合」は全く違うのか、とお思いの方もいらっしゃると思います。結論からいうと、違う「技術体系」で成り立っています。組織的には色々な事情で複雑な関係にあります。明治維新で廃刀令が出され、また武士階級も衰微していく中で、当然、刀の技術はそれほど重要なものではなくなってきます。しかし、その中でも日本古来の文化である「日本刀」の技術を残すために明治28年(1895年)、「大日本武徳会」が結成され、剣道のみならず「居合術(居合道ではなくそう呼ばれたようです)」とともに他の武術の振興も図られました。それは昭和20年(1945年)の終戦まで続きます。余談ですが、日本刀は旧帝国軍の軍装とされ、途絶えかけていた「日本刀の製作」も復活し、軍の「武器」としても採用されています。近代的な軍隊で、刀を正式に武器と位置付けたのは旧帝国軍だけでしょう。「弾は尽きるが、刀は何人でも敵を斃せる」という事で。殆ど精神論だと思いますが。「大日本武徳会」は占領軍(GHQ)の指令により解散させられ、多くの日本刀が没収されたり廃棄されたりしています。

そして、占領が解除されて日本が独立を取り戻した昭和27年(1952年)、「大日本武徳会」の後継団体として「全日本剣道連盟」が設立されます。この連盟では剣道のみを所管し、居合(居合道)は含まれませんでしたが、「全日本居合道連盟」が独自に昭和29年(1954年)に結成されます。ここで居合は「居合道」となります。ここからがややこしいのですけど、その翌々年の昭和31年(1956年)に「全日本剣道連盟」が「居合道部」を創設します。そして、「全日本居合道連盟」との統合が議論されますが、結局、それは実現しませんでした。多分、よくある主導権争いで揉めたのでしょう。その後、居合道でも「お家騒動」が起こり、「全日本居合道連盟」から「大日本居合道連盟」や「日本居合道連盟」などの組織が分かれていきます。要するにバラバラになり、その後もそれぞれが独自の活動をしています。流派としては東の「夢想神伝流」、西の「無双直伝英信流」が多数勢力となっています。
    
剣道がスポーツとして隆盛するのに比べ、「居合道」はスポーツとしてのステイタスは殆ど無いでしょう。勝負ではなく演武となりますから。互いに斬り合う訳にはいかないし…。とは言え、最近では何やら「健康、美容」とやらで、女性の居合道愛好者が増えているようです。喜ばしい事なのでしょうが、「居合」本来の姿から考えると、ちょっと…。というのは、「居合」の本質は咄嗟の敵から身を守る事ですけど、もう一つ、非難覚悟でいえば、「暗殺技術」の一つとしての側面も持っています。居合の技の一つに「暇乞い(いとまごい)」というものがあります。これは、訪れた家を退去する時に正座して礼を述べる際、相手も一緒に頭を下げますが、その一瞬に刀を抜いて相手を斃すという技です。敵を油断させるという事です。至近距離からの攻撃を防ぐ技術が、至近距離の相手を斃す技術にまで発達したのでしょう。

余談ですが、勝新太郎の「座頭市」は仕込みを使った「居合」の名手ですが、あれはどちらかといえば「抜刀術」じゃないでしょうか。抜いた後も斬りまくりますし、刀を持つ手が逆手ですから。しかし、居合を有名にしたのが「座頭市」であるのは事実です。剣術対居合術の勝負で、ある有名な話があります。無敗の居合の名人と勝負をする事になった武士が、周りの心配に対してこう答えたそうです。「なに、相手は居合だ。いったん抜かせてしまえばそれまでよ」とか。それを聞き及んだ居合の名人は、自ら勝負を辞退してきたそうです。

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