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歴史・地理 その21「大英帝国と日本 最強の海賊たち」


本 「太陽の沈まない国」という言葉があります。これは世界の至る所に植民地を有しており、どこかの地で太陽が沈んでも別の地で太陽が見えるといったように、大繁栄を誇った、16~17世紀のヨーロッパの帝国を指す表現です。まずはスペイン王国、そして大英帝国。この二つの国はヨーロッパで1・2を争そう海軍大国であり、その勝敗がその後の両国の明暗を分けます。「無敵艦隊」という言葉はご存知だと思いますが、今でもワールドカップで某国がこの言葉で呼ばれたりします。そうです、スペインです。かつてのスペイン王国が誇った無敵艦隊の名は今でもスポーツの中で生きています。で、サッカーは置いといて、15世紀半ばからのヨーロッパ「大航海時代」は世界中の富をヨーロッパに集め、その中でも大繁栄を誇ったスペインは、その航海経験から、軍事的に優位に立つための海軍を強化していました。

人力の櫂で進む(帆走もする)ガレー船から、帆走で人員と荷物の積載能力が高く、大航海時代を切り開いたキャラック船となり、やがて船は人と荷物だけではなく強力な武器である大砲を備えるガレオン船へと進化していきます。ワンピースやパイレーツ・オブ・カリビアンに出てくる船です。最強の軍事兵器です。どの時代もそうなのですが、どんな国も自国の力が増すと更なる強大化、覇権を目指してこの軍事力を強化し、他の国を侵略しようとします。歴史とはまさに「戦争の歴史」です。この時代のスペインは100隻を超える大型軍艦を持ち、また、エリザベス1世が治めるイギリスも新鋭の軍艦を多く建造していました。スペインは無敵艦隊と呼ばれるほどですから大型の軍艦を保有していたのは間違いないのですが、イギリスの方も大型という事では負けていなかったようです。大国同士が対立するのはいつの時代も同じ構図なのですが、ここで、イギリス(イングランド)にドレークという名が登場します。あの、ワンピースにも出てくる名前です。
    
ワンピースでドレークは「元海軍将校の海賊」ですが、実在したドレークはスペイン領を荒らしまくる海賊だったようです。スペインはこのドレークの海賊行為に手を焼きますが、ついにスペイン本土まで襲って、十数隻の船を沈めたり拿捕したりという事件が起きます。スペインの国王フェリペ2世もさすがにキれて、「アルマダ」と呼ばれていた連合艦隊によるイギリス侵攻作戦を決断します。このアルマダがスペインの「無敵艦隊」です。ただ、この「無敵艦隊」はイギリスに敗れて敗走するのを揶揄されて呼ばれたものであるとの説もあります。そのイギリス侵攻作戦でのアルマダの陣容は、軍艦120隻以上、輸送船400隻近く、精鋭の兵3万人、他数万の乗組員、というものだったようです。これを迎え撃つイギリスの艦隊は100隻、兵員もスペインには及ばない陣容です。スペインは勝利を確信していたでしょう。ちなみに、スペイン海軍の上層部はこの作戦に反対していたそうです。どの時代にも、戦争の本質を見抜いている軍人はいるのです。日本でも、山本五十六はじめとした海軍将校、陸軍参謀石原莞爾など。戦争は「始めるのは簡単」なのですが「終わらせるのが難しい」もので、もし「上陸」「白兵戦」「市街戦」「占領」などという事になれば、どれほどの国力を費やさねばならぬか…。

その海軍上層部の意見は正しかったのです。無敵艦隊アルマダはその半数以上の軍艦を失い、イギリスに大敗を喫し、以後、国の凋落を招きます。片や、イギリスは世界最強の帝国となります。この戦争のキッカケを作ったのはドレークという海賊ですが、この海賊たちこそがイギリス大勝の立役者であり、良く考えてみれば最初からイギリスの意を受けてスペイン領を荒らしまわっていたのではないかと思われます。イギリスの勝因は多くありますが、海戦史の多くの場合、「機械力の戦い」ですから、軍艦の質で決まります。イギリスの船は数はスペインより少なくとも、新造船が多く、吃水が浅くて不安定(しかし船足は速い)なガレオン船を、重心を低くして船体を細くし、射程距離の長い大砲を積みこみ、まさに「戦闘」に特化した軍艦を建造していたのです。
      
そして、ここからは私の考えなのですが、やはりイギリスの大勝にはドレークの存在が大きい。海賊とは「海で闘い、掠奪を生業とする戦闘集団」です。海上では無敵でしょう。船足が速い船を操り、射程の長い大砲でスペインの大型軍艦を「攻めるに早く、逃げるに速い」攻撃で散々に混乱させた事は容易に想像できます。これは日本でも同じなのです。日本でも水軍は古くから地域の一大勢力であり、九州の松浦党(まつらとう)、伊予の水軍、紀州の熊野水軍(後の九鬼水軍)など。その中でも実力No.1は「村上水軍」でしょう。水軍とはいっても要は海賊です。ですが、戦国大名の命運でさえ左右するほどの力を持っていました。

瀬戸内海の海運利権を握る事ができれば相当な力を得る事ができますが、瀬戸内海の海運は「目まぐるしく変わる速い潮」の知識・経験則がものをいいます。闘いとなれば、取り回しの難しい大型船は不利。村上水軍の得意技は、「八丁櫓(はっちょうろ)」のように推進力の大きな速い小型の船で、潮の速い瀬戸内海を縦横に散開して戦ったそうです。その練兵の高さは相当なレベルにあったようです。毛利元就が中国地方を支配できたのも、後の豊臣政権が西日本を押さえる事ができたのも、この村上水軍の力あっての事です。海賊であろうとも、「水軍」は軍事・経済の要となり得るのです。海賊を引き込んで有利に戦いを勧めた大英帝国。同じく、瀬戸内海を押さえて西国を支配した毛利と豊臣。なかなかに「したたかな」戦略展開です。育ちのいいスペインの無敵艦隊アルマダはその後、沈みっぱなしになります(失礼)。まあ、スペインに戻ろうとする艦隊を嵐が襲ったのも「運」の悪さでしょう。
    
余談ですが、平安末期に強大な力を誇った「平家」が中央でのし上がるキッカケとなったのが、瀬戸内海での「海賊討伐」での実績です。確かに武将としても平清盛は強かったのでしょうが、どうも「海賊」とつるんで、瀬戸内海の利権を山分けし、朝廷には「海賊は成敗しましたから安心を」とか上手い事言って誤魔化していたのでは…。確か、某NHKのドラマでも清盛の子分に海賊がいたような…。やはり、歴史上、海賊と上手くやった国や一族はその力を利用して時代を創っていくのでしょう。表の歴史には現れない「海賊」が、実は歴史を作ってきたと考えれば、少なからず痛快ではあります。

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