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歴史・地理 その31「何故日本はドイツや朝鮮のように分割されなかったのか?」


本 歴史好きとしては実に素朴な疑問なのです。あの世界大戦後、敗戦国であるドイツ、そして朝鮮は東西・南北に分割統治され、その後も二つの国として存立しています。ドイツは1989年のベルリンの壁崩壊と共に、その翌年の1990年には東西ドイツ統一を果たしていますが。しかし、日本とイタリアは分割統治には至っていません。それは何故でしょうか? それは「分割」を行った勢力がソビエト(当時)とアメリカであり、ドイツはヤルタ会談の米・英・仏・ソで戦後ドイツを分割統治することを決めており、朝鮮半島は終戦後、敗戦した大日本帝国が放棄した領土(正確には委託統治)を、急速に悪化した東西冷戦構造の政治的決着として北緯38度線辺りでソビエトとアメリカとが分割して、それぞれ統治(縄張り化)する形に収まりました。38度線なんて便宜上のもので、厳密に国境的なものとして引かれたものではなく、妥協の産物です。後の朝鮮戦争後の停戦ラインとしても、正確には「北緯38度線」辺りと云った方が妥当であると思います。ちなみにベトナムが南北に分断された経緯はちょっと事情が違います。あちらはもともとフランス対ベトナムの戦争がキッカケで、その後の国内勢力の内戦で成り行き上、こちらは北緯17度線に軍事境界線を設けた訳ですけど、結果的には後ろにソビエトとアメリカがついて、状況としては似たような形に。しかし、あれは第二次大戦後の処理ではありません。

で、日本とイタリアが分割統治されなかったのは、共にソビエトと第二次大戦中に直接戦っていなかったからでしょう。日本は局地的にはソビエトと闘っていますが(ノモンハン事件)、満州の国境を争っての軍事衝突で「日ソ戦争」とはなっていません。終戦間際にソビエトが「日ソ不可侵条約」を一方的に破棄して満州に攻め込んできましたが、その時点で日本はほぼ無傷の関東軍50万(確か…)を持っていましたけど、事実上の降伏状態(関東軍は武装解除、その後にソビエトの国際法大反則シベリア抑留…)。アメリカが「反ソビエト(共産主義)」政策と思える、日本への原爆投下を行い(日本は事実上降伏状態なのに…)、8月15日、日本がポツダム宣言を受諾し、敗戦を迎えるまで、ソビエトとの事実上の戦争状態にはありません。ソビエトは8月の24日に本格的な日本上陸を計画していたとされていますが、それが15日以前だったらどうなっていたのでしょうか? 日本も東西に分割されていた可能性は非常に高かったと思います。

ちなみに、「日ソ不可侵条約」を破棄し、日本に侵攻するように催促していたのはアメリカですが、スターリンはヨーロッパ戦線(対ナチス)に手いっぱいで、極東の事などにかまっている余裕はなかった様子。それが幸いしてか、日本に対しての大規模な軍事行動をとることは無かったのですが、アメリカにとってはまだ無傷の関東軍が脅威だし、日本に上陸すればそれなりの軍事的損害を覚悟しなければならないため、何とかソビエトを動かしたかったのでしょう。が、そうはならず、日本のポツダム宣言受諾で終戦。アメリカによる軍政が敷かれ、ソビエトの北方四島占領は容認しつつも、北海道分割統治の要求を跳ね付けたようです。「お前たち、何にもしてないじゃないか」ってなことでしょうね。朝鮮半島に関しては、半島全域までを占領統治する余裕なんてアメリカになかったでしょう。ちなみに、この時点の朝鮮半島は「大日本帝国」で、つまり敗戦国です。北半分をソビエトに成り行きで譲る形となったわけです。

ところで、ポツダム宣言は1945年の7月26日に、アメリカ、イギリス、「中華民国」の三国によって(ソビエトは追認)日本に対し発せられています。ここ、重要です。連合軍側には「中華民国」がいて、「中華人民共和国」ではないのです。中華民国の主席は国民党の蒋介石です。最終的に国民党は国共内戦に敗れ、台湾に逃れますが、1949年に毛沢東が中華人民共和国の建国を宣言するまで、あの中国の主席は蒋介石です。ですから、どこをどう考えても、毛沢東の八路軍(共産党軍、後の人民解放軍)が日本と闘い、中国を解放したなどという事実はなく(抗日勝利など嘘)、中華人民共和国が「連合軍」であったなどと言う事実はありません。話が逸れてしまいましたが、つまり、日本が戦争したのはアメリカとだけであり、戦後、分割されなかったのはアメリカに「分割」を要求できるほどの(日本と闘った)相手がいなかったという事です。

余談ついでに朝鮮は、先にも書いたように、アメリカに余力があれば全土を軍政下に置けたでしょうが、政治的に共産勢力が北に建国し(当時は国際的に認められていません)、北と南に分断されて今日に至っているという事です。考え方次第では(朝鮮の人は怒るでしょうが)、1946年まで朝鮮は「大日本帝国」であり、敗戦国です。ですから、当時の感覚でいけば、日本も分割統治されたとも考えられますが、日本は敗戦後、直ぐに朝鮮での行政権を放棄しようとしましたから、日本としての占領地を失ったという解釈が妥当でしょう。ちなみに、その「行政権放棄」にストップをかけたのはアメリカで、敗戦後しばらくは「朝鮮総督府」が行政上は機能していたようです。私はいわゆるネトウヨなどではありませんが、中国や朝鮮の「抗日勝利」という表現にかなりの違和感を覚えます。日本にとってあれが「無謀」な戦争であったのは間違いなく、まさに政治不在の狂気の沙汰ですが、要はアメリカにコテンパンにやられて終わった戦争です。中国共産党と朝鮮とは戦っていない。ただ、ソビエトが終戦前に日本に侵攻していたら、どうなっていたのか。想像するとゾッとします。

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