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歴史・地理 その34「特攻 狂気の戦術 果てのない狂気が生んだ兵器」


本 新聞(毎日新聞 2017/8/3)の配信した記事をWEBで見かけた時、また、胃の腑が鉛のように重くなってきました。記事のタイトルは「幻の戦闘機 震電(しんでん)」…。これは戦闘機ではなく、特攻ミサイルとでも呼ぶべき旧日本海軍が終戦(敗戦)間際に開発した兵器…。主翼と水平尾翼が逆で、プロペラも後部に設置されています。風防の位置を見なければ、どちらが前か分からないような機体。これは短時間に急上昇することが目的で作られた機体で、操作性などは殆ど無いに等しいでしょう。つまり、空中戦のための飛行機ではなく、高空を飛ぶ敵の爆撃機へと、まっしぐらに飛んで行く兵器。先端にはおそらく数百キロの爆薬…。その操縦桿を握る「人間」の事を考えなければ、まさに「地対空ミサイル」です。震電は記事のタイトルにあるような「戦闘機」ではあり得ない。左右に分かれた垂直尾翼を見ても、操作性は低いはず。ちなみに震電は特攻兵器として記録されていませんが、明らかに特攻用であると私は考えています。

B-29は「戦略爆撃機」ですが、その戦略の一つは、日本の零戦を代表とする飛行運動能力の高い戦闘機とドッグファイトする不利を「戦略」で対抗するため、そうした戦闘機が追撃できない高度を飛び、そして、もう一つの戦略は相手の軍事施設だけではなく「民間」への無差別爆撃(殆ど虐殺)を行い、「厭戦」感を高めるために生まれてきた爆撃機です。あの原子爆弾も、軍事施設ではなく、非戦闘員(一般市民)が生活をする「市街地」へ投下されました。そのB-29に対抗する兵器として生まれてきたのが「震電」と考えます。この震電は実践に投入されることなく終戦を迎えたようですが、試験飛行では相当な速度で飛んでいたようです。

こうした「特攻」「特攻兵器」に関する情報に触れる度、それを記事として書くことをズッとためらってきました。理由は、前述したように「胃の腑が鉛のように重くなる」からです。つまり、好奇心なり、疑問なり、「何故?」という気持ちとは程遠い、重い気持ちになるからです。「それを書いてみることによって、何を言えばよいのか」など、分からなかったからです。しかし、そうした特攻兵器を知るたびに思い続けてきた気持ちが、ある一つの「思い」に収斂され、そこに大いなる疑問が湧き始めました。その想いとは、「戦争の中に姿を現す、人間の狂気」です。誤解を避けるために一つだけ明確にしておくと、その特攻兵器を作った人たち、特攻兵器の操縦桿を握った人達に、微塵の「狂気」があったとは全く思っていません。狂気は、特攻を「戦術として採用した国家」の中に滲み出し、そしてそれは果てしなく「特攻兵器」を作り続ける所に宿っていたのです。

「回天」「海龍」「伏竜」「水上」「震洋」「マルレ」「空中」「桜花」「梅花」「剣」「神龍」「桜弾」「タ号」…(Wikipediaより)。こうした名前を聞かれて、その全てを知っているという方はどれほどいらっしゃるでしょうか。私は、その半分くらいしか知りません。全ては「特攻兵器」の名前です。その他にも、零戦や隼などの名機、そして練習機までが、ただ相手(敵)に突っ込むだけの装備を残して、数百キロの爆弾を抱えるだけの「特攻機」に改造されています。「伏竜(伏龍)」は、潜水服ですが、敵艦を海底から棒の先に付けた機雷(棒機雷)で攻撃するものです。機雷が爆発すれば、水圧で人間はひとたまりもないでしょう。伏龍の装備には海底に長時間潜むための呼吸装置がありますが、これは呼気に含まれる二酸化炭素を、苛性ソーダを利用して除去し、再び吸入する方式(泡を出さないように)ですけど、完璧な密閉性が無く、危険な化学物質はちょっとした事故で人間の肺を高熱で焼きます。結局、実験で死傷者を出しただけで、実戦に投入されることは無かったそうです。「震洋」「マルレ」は爆弾を積んだ「モーターボート」です。

「特攻」は、航空機の体当たり戦術で敵の戦艦を沈めたり、一定の戦果は挙げたらしく、それはアメリカの記録にも残っているようです。アメリカでの「特攻」の記述は "Suicide Action" 、つまり「自殺行為」です。「特攻」の事を「人間の命を兵器にする」という表現がありますが、正確には「人間の命を兵器の一部にする」だと思います。人間は兵器の「操縦装置」としてその中に組み込まれるのです。その姿のどこにも、例え「狂気」の産物ではあっても、「人間」という姿はありません。その命が「部品」にされてしまうのです。

では、そうした「狂気」のもとはどこに潜んでいたのか…。国家? 軍? 一部の国粋主義者? 私が感じる結論から言えばその所在は「歴史」という怪物の中です。この「狂気」は歴史の中で何度でも姿を現し、一時期その身を潜め、そして何度でも現れてきます。本サイトの兄弟サイト「不思議、怖い、変を普通に考える」サイトの「思いその44」に「歴史という化け物に出会って沈黙した知性 小林秀雄」という記事を書きましたが、戦争という悲劇は「歴史」という制御不可能な化け物が生み出し、そして「特攻」という「人の尊厳、命を、物以下に貶める」狂気へと至り、そこには人間の「知性、理性」など及びもつかない、ということを「沈黙」という言葉で表現しました。

「特攻兵器」は戦争というものの「狂気の残滓」であると考えます。その物証であると…。それを生み出す「制御不能な歴史」というものは、「狂気」に支配されやすく、人間の「知性、理性」などは沈黙によりその姿を消してしまいます。簡単な算数の定義のようではありませんか。人の営みの連続体である「歴史」は、いつ何時か突然「狂気」に支配されて、自らを作った「人間」を狂気の淵に追いやる。その時に「知性、理性」は沈黙という「駆逐」に合う。どこで読んだかはウロ覚えなのですが、旧日本軍が生物兵器や化学兵器の使用を検討した時、「そのような非人道的な兵器は不要」と反対した高級将校がいたとか。その事実が「救い」などとは思っていません。そこに孕まれる「大矛盾」もまた、狂気の証。誤解を恐れずに言うなら、「加害」「被害」などの感情も「特攻の美化」もその証であると考えます。

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