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歴史・地理 その37「中華帝国誕生 その名は”習(shu)?” では易姓革命か」


本 久々にお隣の大きな国に「独裁者」と呼べそうな存在が現れました。国のおおよその権力の頂点に立ち、理屈で行けば「死ぬまで」その地位に留まり、国を支配できる、まさに「皇帝」です。あの国は永くそれぞれの王朝の皇帝が治めていましたから、まあ、歴史的に見てそれほどおかしなことではないのでしょうけど。中国の王朝をザッと教科書的に並べてみると「殷、周、秦、漢、晋、隋、唐、宋、元、明、清、中華民国、中華人民共和国」。殷の前には伝説上の最古の王朝「夏(か)」がありますが、これは最近どうやら実在していたという証拠の遺跡が発見されたとか。その前の三皇五帝はまさに伝説の世界でしょうね。国ではなく、その期間の呼称でしょうから。同じように秦が中華を統一する前は春秋戦国時代ですし、唐と宋の間には五代十国時代があります。漢の後の三国も「魏、蜀、呉」の三国時代ですし、晋はその中の魏を滅ぼして王朝(のようなもの?)を立てていますが、その後はゴチャゴチャで南北朝とかって称されている場合もあるようですが、要は「離合集散を繰り返す」訳の分からん時代がそれぞれの王朝の間にあります。

と、受験生のお勉強のような事はさて置いて、確かに大きな流れとしては秦以来、中原の覇者としての中華帝国は存在し、唐に至って「大帝国」の様相を呈し始めた国の末裔がいまの中華人民共和国でしょう。であれば、それを建国した毛沢東がかつての皇帝であり、その王朝名は「毛(もう)」でしょうかね。彼も劉少奇や林彪などの優秀な政治家にその立場を脅かされ続けながらも、トップとしての地位を死ぬまで守り通したわけですから「皇帝」のような存在でしょう。鄧小平はその権力を引き継いで「独裁者」の地位には立っていますが、どうにも浮沈が激しすぎる存在なので、ちょっと「皇帝」的なポジションには置きがたいですね(私見)。王朝から王朝へのつなぎ役でしょう。その後に現れた胡錦涛などもそうでしょう。しかし、ついに出ました! 「毛王朝」の後を継ぐ中華帝国が! その名は「習(しゅう)王朝」。音が中華の古代王朝「周」に通じて、よい響きです。

「習」を打ち建てた習近平は毛沢東以来の絶対権力者です。その習が治めるあの国は、大中華の中原に久々に現れた「中華帝国の皇帝」です。ちなみにここでまた二つほど、受験生のようなお勉強ですが、中国の王朝名の由来って何でしょうね? 今の国と中華民国(台湾だし…)以外は皆、一文字です(前とか後とか付く場合はありますけど)。それぞれに一応の由来はあるようです。部族、部落などの同盟の名称であるとか、創立者の称号、爵位、建国者が統治していた地域の名称や、吉祥の意を含む名称などなど様々で、例えば漢は高祖劉邦が項羽に封じられていた地域の名が由来であり、唐は建国者の高祖李淵の持つ「唐国公」の称号が由来です。まあ、数えきれないほどの国が存在した訳で、同じような名前の国が何度も現れ、けっこう色々と国の名前が被っています。で、歴史に倣って一文字で王朝の名前を表すとすれば、毛沢東時代の中華人民共和国は「毛」で、習近平時代の中華人民共和国は「習」でしょうね(勝手ご容赦)。余談ですが、となると中華民国は建国者である辛亥革命のリーダー孫文の名の由来から「孫」(不遜失礼)。

で、もう一つ受験生のお勉強のような事があるのですが、それは「易姓革命(えきせいかくめい)」です。これは、孟子らの儒教に基づく、五行思想などから王朝の交代を説明した理論で、この辺りを長々とやると取り留めもなくなるので、チョー簡単に言えば、「天は王朝(皇帝)に地上を治めさせるが、その治世の能力のもとである『徳』を失った皇帝(皇帝)に天が見切りをつけた時、革命(天命を革める)が起きるとし、それまでの皇帝(王朝)は禅譲、武力によって追放され(放伐:ほうばつ)、新しい皇帝が生まれて王朝を立て、新たな治世を天命のもとに行うという事(多分)」。まあ、殆どは武力革命で政権が変わり、禅譲(ぜんじょう:世襲しないで、徳のある者にその地位を譲る)なんてのは神話の世界の話。毛沢東の「革命は銃口から生まれる」ってな有名な言葉通りの事です。

では、今回の中華帝国「習」誕生も血生臭い「銃口」から生まれたのでしょうか? この辺り微妙ですね。昔と違って、武力を行使して国を乗っ取ればそれはクーデターであり、とても「中原の覇者、中華の皇帝」といった誉とは程遠いことになるでしょう。では「禅譲」でしょうか? まあ、確かに「世襲」ではありませんよね。しかし、彼の国の「全国人民代表大会(ぜんこくじんみんだいひょうたいかい)」なるものに、「徳のある者」へ権力を渡すというシステムがあるとは思えません。おそらく「銃口」は一般の者には見えないところで構えられ、鉛の弾の替わりに「金」の弾が乱れ飛んだのではないでしょうか。たとえ実弾は飛ばなくても、銃口は人の方を向いていたかも…(憶測)。彼の国の「易姓革命」の歴史から見れば、前の為政者たちは「徳」を失って天に見切りをつけられていた訳ですが、前の為政者たちをひとまとめにすれば「中国共産党」という事になります。歴史的に見ればすでに「民主化の胎動」が始まり、「天安門」という狂気の対応をしなければならなかった時点でもう天はその時の為政者たちを見捨てていたでしょう。

新たに建国された「習皇帝の王朝」はどうなのでしょうか。新たな「徳」を持って、治世に励むのでしょうか。どーでしょうかね。彼が尊敬しているのはあの毛沢東だそうですから、こりゃ、元に戻るだけかも。しかも厄介なのは、あの国には「中華」という「世界の真ん中」という思想があり、国境などの概念など無いと思った方がいいです。南沙諸島などの件を見てもそれは明らか。周囲は全て蛮族です。四夷(しい)、夷狄(いてき)。「東夷(とうい)・北狄(ほくてき)・西戎(せいじゅう)・南蛮(なんばん)」ですね。日本は「東夷(とうい)」に入ります。ですからそもそも、周囲の国との「友好」なんて概念、歴史的に持ち得たのでしょうか。そんな考えを作れる時代ってなかったんじゃないかな。その証拠があの「偉大なる大中華の復活」って言葉です。これ私的に訳したら「これまで周囲の蛮族どもが生意気にも大中華に楯突きやがって、大中華が施す徳の恩を忘れた輩には我々の偉大さを思い出させてやる! 俺たちが世界に合わせるんじゃなくて、世界が俺たちに合わせろ!(勝手失礼)」でしょうなあ。まさに中華ファースト。あ、反対側にも何とかファーストって言ってるのがいますね。さあ、日本はどうなるのでしょうか。

ハイ、ここで冒頭の受験勉強を見返してください。永い中国王朝史では、力のある王朝が倒れた後、数百年レベルで国の乱れる時期、小国乱立の時代が続きます。で、中国は彼らの言う「蛮族」と「漢民族(根拠は希薄だけど中国民族という事で…)」が交代交代で王朝を立てているのです。宋以降、それは明確になりますけど、それ以前にも、例えば秦の始皇帝は碧眼であったとか、漢や隋、唐などにもどう見ても西方の異民族が多く存在したように推測(あくまで推測ですよ)できます。もう率直に行きましょう。自説ですけど「中国は分裂の時代に入る」ってのが、今回の「中華帝国復活」後のシナリオだと思っています。似たような事をこの編の「歴史・地理 その33」に「ド素人の妄想・仮説 五国志! 中国はいずれ五つの国に」と題して書きましたので興味がおありの方はご覧ください。

私、あの国は最低でも五つの国に分かれると考えています。もっとたくさんに分裂してもおかしくないのですけど。今回の「中華帝国」誕生で、「易姓革命」の歴史的力学が働くなら、彼の国は少々長い「混乱」の時代に入っていくと考えています。さすがにもう無理でしょう。今の時代、あれだけでかい国を一つだって言い張るのは…。繰り返す歴史の力には、誰も逆らえないと思います。

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