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社会・政治 その1「組織の中で人は誰でも無能になる いずれは…」


本 ピーターは社会学者であり、「ピーターの法則」とはれっきとした社会学を基盤としています。その意味では、いずれ取り上げますが「マーフィーの法則」が経験則により現場から生まれたのとは異なります。ピーターとは、南カリフォルニア大学教授の教育学者ローレンス・J・ピーター(Laurence J. Peter)の事。「ピーターの法則」は、カナダ人の作家レイモンド・ハル(Raymond Hull)との共著 "THE PETER PRINCIPLE" の中で提唱されたものです。実際にはレイモンド・ハルが書いたものといわれていますが、その真偽はともかくとして、日本では1969年、「ピーターの法則―〈創造的〉無能のすすめ―(ローレンス・J・ピーター/レイモンド・ハル 田中融二訳)」が出版されています。その後の再販では訳者が代わっているようですが。
 
この法則をできるだけ噛み砕いて言えば、対象は階層的組織構成員、要は「会社」と考えれば間違いないかと思いますが、「役所」というのも同質でしょう。そこでの労働に関する社会学としての法則。いいですか、繰り返しますがこれはアカデミックな社会学です。別にサラリーマンをオチョクッテいるような論とは違います。ではその、大まかな内容です。

(1)会社(能力主義を前提にしている)という階層的組織に所属している社員は、その能力が続く限り出世していきます。やがて社員はみな出世します。すると有能な平(ひら)構成員もいずれは、自分の能力を超えた無能とならざるを得ない中間管理職にまで出世してしまいます。
(2)無能な社員はそのままの地位にとどまり、有能な社員は無能とならざるを得ない中間管理職の地位にまで、いずれ落ち着くでしょう。その結果、各ポストは無能な人間で占められる。
(3)その会社の仕事は、まだこれから出世の余地がある、無能レベルに達していない社員によって行われます。

これでもまだ分かり難いですね。「20%の人間が80%の仕事を行う」のが常であるとも言っていますが、これって、会社の中にいると皮膚感覚で分かります(皆様は如何?)。ちなみに、私はン十年生きてきて、サラリーマン(組織構成員)経験はそのうちン年程度です。ですから、多少、岡目八目でチャカしたような表現になるかもしれませんが、実際、ある程度のポストに就く(出世する)と地位の程度はさまざまですが、次々に「(失礼ですが)無能」になって行く人を散々見てきています。「努力して無能になる者もいる」とか。個人が「無能か有能か」は本人が感じるところのものですが、往々にして、その本人の認識と周りとの認識が合っていない事もあります。まあ、ピーターの法則とは若干関係の無い話になりますが、会社での出世というのは上から引っ張り上げられる訳ですから、問題(上司が無能…)があっても指摘しにくいでしょうね。
    
話を極力簡単にするため、会社での仕事を「現場のヒラ」と「マネジメント」の二つに分けます。出世とは、このマネジメントの地位にまで上がっていく訳でして、それには(古典的に言えば)係長、課長、部長、本部長、そして役員、ゴールは社長です。「現場のヒラ」で無能な場合は、ズッとそこで止まります。もう少し有能な社員は、それぞれに自分の「能力の限界」までのポストまで行って、そこで止まってしまいます。その「能力の限界」がピーターのいう「=無能」ということです。ピーターが「(創造的)無能」といっているのは、自分の「能力の限界」手前のポストにとどまる事です。もちろん、ハナから無能な人はそこから一歩も動けませんが…。

「能力の限界」まで行かない方法は個人に委ねられます。ですから、自分の限界を感じるポストを勧められたら、ノラリクラリと辞退しなさい、と。しかし、現実には組織構成員としては無理でしょうね。ですから、「会社は全て無能で占められて、落ち着く」となります。会社のレベルならまだいいのですが、これが「国家」となると、けっこうゾッとしません?

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