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社会・政治 その16「昭和の歌声が聞こえてくる 美空ひばり」


本 始めに本テーマの前提として、これは決して「昭和という時代・社会に対する郷愁」を背景にするつもりなどありません。あくまでも個人的に、という事ですけど、私には「昔を懐かしむ」という感情が比較的希薄です。性格的なものでしょうが。で、この「社会・政治」なる編に何故「美空ひばり」という歌手を登場させるのか? その理由は、彼女の存在が間違いなく「昭和という時代・社会」を具現化していると感じるからです。では、昭和という時代は何なのでしょうか。それは、あの太平洋戦争というものを抜きには語れないのですが、あえてそれは伏せて考えてみます。確かに「軍国主義」と「民主主義」という明らかに違う二つの形を持った時代なのですが、へ理屈ではなく、「日本」という事に関しては「変わっていなかった」と考えています。

戦前・戦後の日本人が「大きく変質している」とは思えません。その生活態度に殊更大きな違いがあるとは考えていません。違いがあるとすれば「軍部の暴力」があったか無かったか、です。昭和という時代は戦争を経験した世代とそうでない世代(ただし、親の話として比較的リアルに戦争を捉えられる)とが同居している時代です。そこは「平成」に入ってからの時代と大きく異なる点ではないでしょうか。実際にその時代を(戦争後の、子の側として)生きた者として、「世界の中での日本とは」「そもそも日本人とは」「日本という国とは」といった国家としてのアイデンティティを考え続けなければならない時代・社会が「昭和」であったと思います。戦前も戦後も。
      
美空ひばりが生まれたのは昭和十二年(1937年)の「支那事変(あえて事変と表現します。宣戦布告がなされていませんので)」勃発の年です。そして亡くなったのは平成元年(1989年)です。この平成元年は、7日間しかありませんでしたが、昭和六十四年でもあります。殊更それを象徴的に捉えはしませんが、事実として、昭和とともにその五十二年の人生を終えました。美空ひばりは子供の頃(6歳くらい:戦中)からその歌唱力の潜在的な才能を周囲に認められていたようです。本格的に歌い始めたのは戦後の8歳くらいの時。ひばりの母親が設立した個人楽団で、歌い始めます。しかし、NHKの「素人のど自慢」では「子供らしくない」とか「非教育的」とか、服の色が「赤い」事まで難癖を付けられて、鐘を鳴らすことができませんでした。その歌唱力は認められたものの…。その後、ひばり母子は古賀政男のもとを訪れ、歌を聴いてもらえるよう懇願して、それは叶えられます。Wikipedia の記述によれば、古賀は子供にしてその歌唱力、度胸、理解力に感心したといいます。

ここからが、歌手「美空ひばり」のスタートになる訳ですけど、今でもその風潮は残っていますが、舞台で稼ぐという事は「興行」であり、それがスターを持っていれば「必ず客を呼べる」利権ともなり、その裏にはあまりよろしくない団体が存在する事になります。暴力団です。要はヤクザですが、ここでひとつ断っておきたいのは、戦後の混乱期、治安の維持のために「警察」はこの暴力団を利用し、その存在を黙認していた事実があります。その中で一番有名なのは三代目某山口組組長の田岡一雄でしょう。彼は、港湾荷役の利権や興行の利権を押さえ、言わずもがなの某山口組の勢力を盤石のものにします。確かに暴力団は反社会的な存在ですが、「侠客」「任侠」「おとこ」という価値観がまだ生きていた時代です。政治家でもどうにもならない地域の問題を「解決する」顔役であり、戦後のまだ混乱期に人々をまとめるためにはその人物に相当の力と、度量、魅力が必要だったことは間違いないでしょう。

暴力だけでは人を押さえる事が出来ても、秩序までは保てません。田岡一雄は想像するに、とんでもなく人の心を掴むのが上手かったのではないでしょうか。有名人とその時代の田岡一雄との付き合いを示す写真はいくらでもあります。美空ひばりも例外ではありません。小林旭との結婚、そして破局の時もこの田岡一雄が問題を捌いたことは有名でしょう。片や日活の大スター、片や歌謡界の女王です。この時代の芸能界を支配していたのは「誰」か、自明です。
    
昭和とはそのような時代です。「夕日…」のようにホノボノとした面もあるでしょうが、暴力団と警察とが「蜜月」と「抗争」を繰り返し、スターと呼ばれる人たちの裏には、暴力を背景として興行の利権を握る存在がいた時代です。とはいえ、スターたちは一般の人間たちとは違う「憧憬の対象となる向こう側」の世界にいました。「平成」の時代との「社会の構造」に決定的な違いがあります。平成の世では「向こう側」と「こちら側」の境が曖昧となり、「文学・評論その15」に書きましたが、まさにメタフィクションの如く、スターが本当に違う世界のスターではあり得なくなっています。豊かではありますが、日本人の「権利意識」が肥大化し、貪欲にサービスが求められ、良し悪しは別として、世の中の暗部は只の暗部となり、表現は悪いですが、何もかも「俗」の側に引きずり降ろされています。昭和のように、「華やかな存在(=スター)」もあり、また、「どうしようもない連中」をそれなりに生きて行けるようにまとめて行く存在もいて、ある意味でバランスのとれた社会構造も、今や無くなっているように思えます。

事の真偽は別にして、この時代の暴力団は「麻薬」には手を出さず、興行の中でも「野球」は国民的スポーツとして、原則、手は出さないという不文律があったとか。暴力団にも一定の「社会性」があったようです。好かれ、悪しかれ「人と人とのつながり(=お茶の間)」は強かった。今の「オレオレ詐欺」のような、自分の肉親を区別する事もできなくなってしまった故の、稚拙な犯罪が横行している「平成」とは次元の違う時代が「昭和」です。その昭和を語る上で、美空ひばりの、まさに、何にもまして、歌声の存在感がとてつもなく大きいのです(と、私は感じるのです)。
     
それは何故か? 美空ひばり程の歌唱力を持った歌手はもう現れないと思うからです。また、あれほどの歌唱力を生み出す力が今の時代には無いように思います。つまり「使い捨て」ではなく、時間をかけて「本物」を鍛え上げる力です。有名な、彼女が12歳の時に主演する映画で歌った「悲しき口笛」の「シルクハットに燕尾服」という姿は、子供のころからのひばりの才能を示す代表的なものでしょう。一部では「子供のくせに○○な…」というネガティブな評価はあったようですが。しかし、その後の彼女からは一曲一曲「命がけ」のような歌声が聞こえてきます。個人的には「川の流れのように」「真っ赤な太陽」「リンゴ追分」「愛燦々」が好きです。ロックもブルースもクラッシックも好きですので、マーク・ボラン(T-rex)を聞いた後に美空ひばりを聞いて、その後にモーツァルトを聴いても、そもそも私にはジャンルへの嗜好がありません(一定時期、偏ってハマりますが…)から、どれも楽しめます。

それは置いといて、昭和という時代の表側に「美空ひばり」の歌声で彩られた世界があるのです。今の日本人には感じられないような「多情多感」な歌声と、それが染み入る「多情多感」な日本人の存在が「昭和」という時代なのです。美空ひばりの歌声は戦後から始まりますが、その歌声を創り上げたものは戦前からつながっています。「美空ひばり」という存在が、昭和の時代に日本人が求めるアイデンティティに答え続けてくれたのではないでしょうか。そのアイデンティティとは、何と比べる必要も無く、何を解釈する必要もない極めて日本的な「歌」と「歌声」を我々日本人は持っていたという事です。でも、美空ひばりの歌うジャズも聞いてみたかった(歌っていたそうですけど…)。

かなり真面目に書きすぎたような気がしますので、最後に外れた事を書きます。美空ひばりは「国民栄誉賞」を受けていますが、授与されるのは、賞状と盾、記念品(100万円相当)の三点ですけど、国民栄誉賞という割には何か物足りなくありませんか? こういうのはどうでしょうか。海上自衛隊の軍艦は世界各国にその名を知られますし、色々な所で人の目に映ります。で、訓令で、主力艦の名前は「国民栄誉賞」を受けた方の名前を付けるとか。戦艦「美空ひばり」とか、護衛艦(空母)「王貞治」、イージス艦「渥美清」、「衣笠祥雄(衣笠は日本海軍の巡洋艦にありましたね)」。軽空母を「なでしこジャパン」とか「森光子」なんて、平和的でいいッスね。不謹慎、御容赦。

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