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社会・政治 その17「キップル化する社会 二度と元には戻らない…」


本 「キップル(Kipple)」というものをご存知でしょうか? これはフィリップ・K・ディックのSF小説「アンドロイドは電気羊の夢を見るか?(Do Androids Dream of Electric Sheep?)」に登場する言葉です。作中では確かこのように説明されていたと記憶しています。「キップルとは、ガムの包み紙や、空のマッチ箱、昨日の新聞とか、そういう役に立たないもののこと」で、このキップルは部屋の中にそうしたものを置いておくとどんどん増えていくものだそうです。作中で「キップルの第一法則」とやらと名付け、「グレシャムの法則(悪貨は良貨を駆逐する)」を引用していました。「キップルはキップルでないものを駆逐する」とか。この「キップル」とはK・ディックの造語だと思いますが、要は「熱力学の第二法則」で有名な「エントロピーの概念(増大則)」を借りた「社会の疲弊化」を表現するための言葉です。

「エントロピー増大則」は経済学方面でその概念が紹介され、一般に知られる言葉になったと思いますが、SF好きには比較的ポピュラーな言葉であり、概念です。それを極力簡単に説明しようとすれば「靴を履いて歩いていれば、その靴の底はドンドン摩耗していき、摩耗した物質は拡散し、それは二度と元には戻らない」という事です。ちなみに、熱力学の第一法則は「エネルギー保存の法則」で、第三法則は、「絶対零度でエントロピーは0(増大、拡散できない)となるが、その絶対零度の温度を得るためには絶対零度以下の温度(をもつもの)が必要となる。故に絶対零度に到達する事はできない」という、なんだか「アキレスと亀」のパラドックス(Paradox:矛盾という感覚で捉えて間違いないです)みたいです。例の、「アキレスは常に進んでいる亀に絶対、追いつけない」というやつです。これは論理的なパラドックスで、位相幾何学などの数学手法ではパラドックスでも何でもありません。アキレスはアッという間に亀を追い抜いて行きます。ちなみに、エントロピーを「生命の過程」としたのはあの量子力学の大御所、シュレディンガーだったと思います。
     
余談だらけの前段となりましたが、つまりは、「キップル化」とは「エントロピーの増大則」の概念であり、経済系でそれを社会に当てはめると、まず「生産とは、今までになかった物を新たに生み出すのではなく、物の形を変えるだけに過ぎない」という事を前提とすれば、「その物は消滅はしないが、消費によってやがては利用価値のないゴミとなっていく」。これが「エントロピー増大」であり、K・ディックの小説の中で、「世界を占領していくキップル」ということです。要するに「経済活動」である「生産と消費」は、あらゆるものを「ゴミ化」していき、それは「不可逆(二度と元には戻らない)である」という事です。我々の文明社会の本質は「生産」だと思っていたのが、実は「ゴミ製造」であったという事でしょう。フィリップ・K・ディックの「アンドロイドは電気羊の夢を見るか?」は、映画「ブレード・ランナー」の原作でもあるので、ご存知の方は多いでしょう。私自身は小説と映画とのギャップに戸惑いましたが、小説の方はネタバレになるので詳細は書きませんけど、極めて哲学的な命題を最後に付き付けます。「それを言っちゃあ、お終めえよぉ」ってな感じの「人間とは?」という事です。

脱線しそうなので軌道修正します。経済学(経済系)からの「エントロピー増大」に対する警鐘として「その拡大(拡散)を抑える(増大を抑える)」ために「過剰な資源とエネルギーの採取」、そして「過剰なゴミの廃棄」が生態系を危機に晒すとして、そして提案されたのが、「経済系をできる限り縮小して生態系が許す(壊れない)ところまで、資源の採取と廃棄を少なくする」という手段です。これは一言でいえば「みんな、貧乏で我慢しよう」というような事で、必要最小限度の「生活」で生きることへの提案です。イメージとしては石器時代に戻るくらいかな? まあ、それは私の個人的な極論ですが、いずれにしても「エントロピーの増大」は「絶対零度」近くまで確実に進んで行きます。時間的な速度は別として、いずれは「宇宙の熱的な死」がエントロピー最大(同時に、エントロピー0に限りなく近い状態)の世界です。
    
ちなみに、昔読んだ本の中でエントロピーの事を「無秩序律」と訳してあって、「無秩序に律、対立概念が一緒になってる言葉って、何?」と思った記憶があります。しかし、概念としてはその通りで、「無秩序な拡散(死滅)へと向かう法則」なのです。これまた極端な例えですけど、「ビッグバン」の瞬間を「エントロピー0」とすれば、それはそこから限りなく増大し、やがて拡大しきった宇宙がエネルギーを失い、限りなく絶対零度に近づいた時、再びエントロピーは0にこれまた限りなく近づく…。とすれば、「質量=エネルギー」ですから、宇宙の質量も0になるのでしょうか。それとも「エントロピー0」のスタートであるビッグバンがまた始まるのでしょうか? それとも、その時のエントロピーは「最大」ということで、やはりただの「死滅」なのでしょうか。

…という、目がくらむようなスケール感の話は学者に任せといて、実際、今現実に生きている我々の事を考える時、なるほど、誰にもある事ですが、毎日の生活で「ゴミ」はたくさん出ます。パン買ってきても、その包装はゴミとなります。缶コーヒー飲んでも空き缶がでます。新聞読んで、読み終えるとそれはただの新聞紙となります。だから今は「消費削減(リデュース:Reduce)」「再使用(リユース:Reuse)」「再生利用(リサイクル:Recycle)」の3Rが盛んに訴えられているのでしょうけど、それにしても完全に元の状態を取り戻すことはできません。エントロピーは確実に増大していきます。で、いずれ人間社会が滅びるのであれば、これは一種の「終末予言」ですね。

ここで素朴な疑問が出てくるのですが、「生態系」というもの自体は「エントロピーの増大則」と関わっているのでしょうか。確かにある生物が死んだり食べられたりしても、それは生態系自体の中で「循環」し続け、個体数のコントロールさえも行います。それを無視しているのは「人間」だけ。生態の全てを喰らって個体数も増え続けます。ということは、やっぱり「人間」っていうのがオジャマ虫…? 人間がいない(もしくは猿のままの)生態系では常にエントロピーは増大せずに安定しているのでしょうか? でも「進化がある限り」いずれかは爬虫類か、昆虫が知的生命体になって、同じことを…。ウーン、ここで冒頭のK・ディックの「アンドロイドは電気羊の夢を見るか?」に立ち戻りましょう。「人間とは…?」「知能とは…?」。ウーン、脳のエントロピーが…。

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