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社会・政治 その2「日本最初のエコロジスト 知の巨人 南方熊楠」


本 南方熊楠ファンは多いと思います。特に彼の代表的な研究である「粘菌」なるものの不思議さは、未だに菌類全体に及ぶ不思議さへとつながっています。キノコなどは最近「考えるキノコ 摩訶不思議ワールド」と名打って展示会や本がキノコファン(?)の話題になっているようですが、南方熊楠の研究姿勢は、誤解を恐れずに言うなら「爆裂型」で、ここまでが自分のテリトリーというものが存在しない。彼の「知」の対象を全て横断するには人の一生などの時間では追いつかなかったと思います。熊楠はその奇行、乱行でも有名で、事実、大英博物館で暴力事件を起こし、出入り禁止になっているようです。しかし、とてつもない記憶力と読書量は博覧強記などという言葉では追いつかず、まさに「知の巨人」。彼の全貌を描こうとすれば、それだけでサイトが一つ出来上がると思います。人類学、考古学、宗教学、博物学…。Wikipediaから引用させてもらうと、熊楠は「語学にはきわめて堪能で、英語・フランス語・ドイツ語はもとより、サンスクリット語にまで及ぶ19の言語を操ったといわれる。語学習得の極意は『対訳本に目を通す、それから酒場に出向き周囲の会話から繰り返し出てくる言葉を覚える』の2つだけであった」との事です。これは、本当かどうかは別にして、語学の才に恵まれている人は確かにみなこんな感じです。
   
実際、南方熊楠を語ろうとすれば、どこから取り掛かればいいのか分からなくなります。まずはお約束ですが、彼の研究で一般に一番よく知られている(多分)「粘菌」から行きます。粘菌は実に単純な生物で落ち葉や枯れ木に住み、バクテリアを捕食しています。で、その特筆すべき点は菌類ですからカビの仲間のようですけど、なんと動き回るのです。動く速度は1時間に数cm程度らしいですけど。しかも、細胞分裂はしないのに細胞の核を分裂させて目に見える大きさ(手の平位)までになり、しかも細胞壁を持たない生物…。学者の中には、これは宇宙から来た生命の元型ではないかと考えた者もいたようです。粘菌にはいくつもの種類がありますが、南方熊楠も自宅の庭で新種の粘菌を発見し、「ミナカテラ・ロンギフェラ」(和名・ミナカタホコリ)という学名が残っています。こんな、簡単に見過ごしてしまいそうなものにスポットを当てて、その権威にまでなるとはそれだけで驚きなのですが、その業績は熊楠の行った事の一部に過ぎないのです。
    
粘菌は菌類ですから「脳」となる器官は持っていません。しかし、この粘菌は障害物を除けて動くそうです。単細胞の巨大なアメーバのような生き物が…。粘菌も他のキノコやカビのように子孫を増やすための胞子嚢を作ります(粘菌が植物であると言う事)が、これは多細胞で、単細胞と多細胞の両方の時期をもつ妙な生き物です。一度、TVでこの粘菌が動く様をカメラの早回しで見た事がありますが、どうみても植物には見えません。ネバネバの粘液が軟体動物のように動いているのです。正直、あまり気色の良いものではありませんでした。また、熊楠の残した逸話ですが、彼は拘置所に入れられている時にそこで珍しい粘菌を見つけ、保釈を言い渡された時、もう少しいさせてくれ、と言ったそうです。南方熊楠の残した逸話で更に有名なのは(他にもたくさんありますが)、昭和の初期、天皇に粘菌などの御前講義を行った際、粘菌標本をなんとキャラメルの箱に入れて差し出したそうです。周りの者は皆、それを見て固まった事でしょう。それはそうです。戦前の天皇は「現人神(あらひとがみ)」ですから、献上する物は桐の箱などの最高級の素材に収めるのが常識だったのに、そこらへんで売っているキャラメルの箱に標本を収めて献上したのです。昭和天皇も後日、その事を語る時、相当のインパクトがあったと偲ばれたそうです。が、天皇は南方翁に対して、好意的であったとか。
   
で、その熊楠のエコロジストたる由縁ですが、明治政府が国家神道の権威を高める為、各集落にある神社を1村1社にまとめ、日本書紀など古文書に記載された神だけを残す「神社合祀令」を出し、この結果、神社が強制的に激減しました。しかし、これにはビジネスの側面もあり、神社の森の木は高値で売れ、廃却された境内の森は伐採されました。これに熊楠は激怒し、古い森の木にはまだ多くの菌類が棲息し、それが絶滅してしまう恐れがあると指摘して「一度、壊したものは容易に回復できない」と主張し、「生物は全てがつながっている」というエコロジー(生態学)なる言葉を日本で初めて使い、政府を糾弾しました。それは国内の環境保護運動につながって行きます。瞠目すべきは、その当時「生態系」なる概念がまだない中で、自然環境の極めて有機的なつながりを「考え、思想」として明確に持っていたと言う事です。それは熊楠の驚異的な、ジャンルにこだわらない知的探究心の広大さ故に捉えられるものでしょう。更にはそれを世に知らしめるために、超人的な体力でもって活動したと言う事です。

南方熊楠は肩書もなく、国の援助を得た訳でもなく(むしろ対決した)、独学でその名を世界に轟かせ、日本よりも海外でその評価を得ていたという事です(ネイチャーに論文が数十回も掲載されたとか…。一度も掲載されない学者もたくさんいるのに)。彼は幽体離脱や幻覚にも興味を示し、死後、自分の脳を調べてほしいと言い残していたようで(死後では分かったとしても…)、どこまで「知識欲・好奇心」が溢れ出していたのか想像すらできません。一個の人間が持てるポテンシャリティとして、南方熊楠は、柳田國男の「日本人の可能性の極限」という言葉がすべてを物語っていると思います。その知の世界に見えていたのは、どんなものだったのでしょうか…。無理とは分かっていても、せめてその一かけらでも覗き見てみたいものです。

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