テキトー雑学堂 タイトルバナー

社会・政治 その27「カッコだけの起業促進より 屋台文化を復活させろ!」


本 「屋台文化」をこの編に入れるのには妙な感じを覚えられる方もいらっしゃるかもしれませんが、その根っこには「社会」そして「政治」が深く影響を及ぼしているのです。それは後で述べるとして、日本の屋台文化は室町時代まで遡るそうで、朝日新聞の記事(2015.9.20)によると、路傍で一服銭一文で茶を提供していた「一服一銭」の立ち売りが「立ち飲み・立ち食い」のルーツではないかという説があるそうですが、それが屋台という形を取っていたかどうかは分かりません。戦国時代にも寺社の門前などで、焼いた餅や魚や煮た野菜、つまり料理を売っていた「煮売り焼き売り」の商売があったようですが、(煮たり焼いたりする)調理の設備があった事は間違いないでしょうが、それが「屋台」という形を持っていたかどうかは分かりません。「洛中洛外図屏風」の舟木本を見ると、しじみ汁を売っている絵がありますが、カマドや鍋はあっても屋台のようなものは見られません。

屋台を「持ち歩ける(もしくは、簡単に作って解体できる)店一式」とすれば、そのスタイルが隆盛したのは江戸後期のようで、天ぷら、イカ焼き、「夜鷹(よたか)そば」と呼ばれる屋台のそば屋、さらには野菜や肉の串刺しを四文で売る「四文屋」が人気だったそうで、今でいえば「夜鳴きそば(ラーメン)」「おでん屋台」なんかの元祖かも。天ぷらが屋台で食べられるなんて、今でいう「立ち食いフレンチ」みたいなものでしょうか。要するに、誰でもが公道である往来で自由に商売ができたし、屋台というコンパクトな「移動店舗」を抱えて店が簡単に開けたという事です。当時のそば屋の屋台をみると、車輪などは無く、天秤棒のように担いで行ける超コンパクトな作りです。車輪はそれなりの技術が無いと作れないでしょうけど、ヒョイと担いで行ける箱型の屋台なら今でいうDIYでも作れたでしょう。

江戸にはそうした屋台ビジネスを成立させるマーケットがあったのです。ある教授の説では、江戸は住み込みの奉公人や職人などや、参勤交代で妻子を国に残し「単身赴任」の武士も多く、男性の比率が高かったそうです。そうした男たちの「食事」という需要が十分にあったのでしょう。当時の絵を見ても、やはり車輪付きの屋台は見かけませんが、仮の掘立小屋みたいなもので十分商売ができたのでしょう。そういえば、いまや世界的な食文化である「握り寿司」というのも、そうした屋台から発祥したと聞いた事があります。他の編でも色々と書きましたが、「おにぎり」「弁当」「茶漬け」「丼物」など、日本の食文化が生んだ超コンパクトな食文化は屋台という、これまた超コンパクトな店舗での商売と「共進化(ともに影響し合って進化する)」を起こしたのではないでしょうか。当時の絵を見ても、大きな立派な店などではなく、所狭しと屋台が並んで、さながら、いまでいうモールのような感じです。

そんな、屋台文化が「何故、現代では隆盛していないのでしょうか?」。みな、小奇麗で立派な店舗ばかりで、最近の「駅そば(立ち食い)」も、テーブル席を用意した方が人気が出るそうで。そうした設備や場所代には当然けっこうなお金がかかります。それは、商品の原価に含まれ、代金を引き上げます。つまり、100円程度のものがその何倍にもなるのです。商品ではなく、経費を喰っているようなものです。屋台なら、経費も安いし、商品に金をかけて美味しいものが作れるはずなのに。これは私の味の好みなのですが、駅などのお店で食べるもの(例えばそばやハンバーグ)、「売る人は自分で喰ったこと、あるのか?」と思えるほどに不味いものが多い。勿体ないから、我慢して喰いますが、当然、二度と行かない。なぜそうなるのでしょうか? ここで、冒頭申し上げた「屋台文化」を押し殺している「社会」と「政治」があるということが問題となるのです。

屋台は、「食品衛生法」「消防法」「道路法」「道路交通法」によって規制され、実質、屋台を自由に出すのが不可能となっているのです。また、東京オリンピック以来の「街の美観」とやらの歪な価値観で排除されてきたという歴史もあります。福岡博多の文化ともいえるラーメン屋台も排除の危機にあっています。各地で同じようなことが起きているでしょう。やれ、交通の邪魔になる、やれ、不衛生である、やれ、火の始末が危険である、ゴミが出て汚い、等等等、「やかましい!」といいたいくらいに難癖をつけられて絶滅しようとしています。これに地回り(ヤクザ)が用心棒代やショバ代(根拠無し)の利権で絡んできます。確かに、そうした事は「問題」とはいえるでしょうが、「解決」できないものはひとつもありません。自治体の「屋台出店禁止」のポスターなどを見ると、「痩せた精神」、「禁止するのが仕事」といったものに対する、砂を噛むような思いを抱きます。

海外を見ると、屋台文化は各国にありますが、同じような傾向にあるようです。東南アジアでは有名なタイの屋台文化ですが、これまた似たような傾向があるとはいえ、健在です。何故か? それは「社会の分業システムとして成立しているから」だと考えます。私は行ったことありませんが、タイに駐在していた人に聞いた話ですけど、タイは夫婦共働きの世帯が多いそうで、家に帰ってから食事の用意をするのは当然大変で、そこで屋台が「夕食」を作っているのであるとか。つまり、その屋台で食事をするという少々本格的なものもあるそうですが、惣菜屋的なものが多いそうです。で、そこで安くて美味い「おかず」を買って帰って、家で食事をするというスタイルが根付いているそうです。これは文化です。しかも、あれだけ暑い国でも屋台の食事で「食中毒」などはまず起きないそうです。理由は、あの強烈な香辛料。更には、屋台が「街の美観」を損ねるどころか、観光資源にもなるくらいのタイの景色を作っています。

ここで、この記事のタイトルに掲げた「屋台文化復活」の思いを書きます。よく「起業」という言葉を見かけますが、私は殆どその成功例を知りません。もちろん、激しい競争がある訳ですから、全員が成功するなんてないでしょう。しかし、そこには失敗のパターンがあって、まず事務所を借りて社名を考え、登記をしてご立派な名刺を作る。で、客は誰もいない。ほぼこれでアウトになります。成功するのは一部の、やはり「利権」を確保している連中。そんなカッコいい「起業」で夢を見るだけなら、もっと地道な商売(=生きる術)を育てましょうよ。それが「屋台」なんです。問題は色々あるでしょうが、例えば、駅前のロータリーは夜十時以降は開放するとか。「楽市楽座」ですよ。カッコがどうのこうのなんて考える人はもともと商売に向いていないから埒外。例えば、オニギリ屋を始めたとして、そのオニギリを初めて買ってくれたお客にはチューをしたくなるくらいに嬉しいですよ。ましてや、もう一度買ってくれたら多分、涙が出そうなくらいにありがたいでしょう。それが商売の「基本にして王道」。夜の駅前が屋台で埋まった景色を想像すると、毎晩でも通いたくなります。経済は、個人個人の商売のエンジンを回すことから! 公の場を公の商売の場に開放せよ! 屋台文化を取り戻そう!

社会・政治 目次へ



【商品検索】Powered by Amazon

↑「すべて表示」をクリックするとAmazon.co.jpの検索結果一覧に移動します。

■これからギターを始められる方のご参考にでもなれば。
木の音 バナー
「あれこれブログ風」サイト
「不思議」「怖い」「変」を普通に考える。 バナー
「花を楽しむ」サイト
花を飾る バナー


■サイトポリシー ■プロフィール
■お問い合わせ
ページトップへ戻る

Design by Megapx / Template by s-hoshino.com
Copyright(C) Ureagnak All Rights Reserved.