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社会・政治 その38「メシウマ… 他人の不幸で飯が美味い ああ、そうですか…」


本 「メシウマ」というのはネットスラング(インターネットスラング:Internet slang)とやらで、専らインターネット上で使用されている俗語だそうです。で、「飯が美味い」を縮めて「メシウマ」ってことなんでしょうけど、それだけの意味では無くこれは「他人の不幸で今日も飯が美味い」って事の略だそうです。オヤジには「他人の不幸は蜜の味」の方がしっくりくるんですけど、まあ、そんな言葉に出会うと「なんという痩せた精神」なんて憤慨するのですが、この「メシウマ」って表現にはなんか、もっと遠回しな、というか「原始的」な人の姿を感じてしまいますね。それが、人の社会にとってどのように関わってくるものなのか分かりませんけど。

ってなこと思っていたら、その「理由」について解説していある記事に出会いました。東洋経済のオンラインニュースです。タイトルは「『他人の失敗』を見ると快楽を覚える本質理由」。あまり気分の良いものには思えないタイトルですけど、人の「根拠のない優越感」とか「差別」とか「傲慢」など、脱力系のテーマを兄弟サイトの「普通に考える」サイトでも書いてきましたので、純粋な好奇心としては「何でだろう?」と感じてしまいます。で、その記事を通して読んでみると社会学(社会心理学か)とでもいっていいような結論が明快に書かれていてそれなりの説得力は感じました。だからどうなるものでもないのですが、結論を言ってしまえば「その感情は、人間が社会を維持しようとすることから生まれてくる」ものだそうです。言うまでもなく、人間は社会的動物であり、社会を構成して生きていく生き物です。社会を維持することは人間にとって「生きるため」の絶対的な環境作りです。

そうした所に、冒頭の「何やら原始的な人の姿を感じて」しまったのでしょうか。しかし、「メシウマ」とは身も蓋もない言葉です。記事の中に聞きなれない言葉を見つけました。「シャーデンフロイデ(Schadenfreude)」。見るからにドイツ語っぽい言葉ですね。ハイ、ドイツ語です。脳科学、心理学で使われる言葉のようです。心理学はそれなりにお勉強したのですが、この言葉は知りませんでした。余談ですが心理学のみならず、今は学問のジャンルがどんどん細分化されて、これはやはり「社会心理学」の領域にある言葉のようです。まあ、それは置いといて、この「シャーデンフロイデ」とは「他人の不幸や失敗を喜ぶ気持ち」であるとのこと…。何やら学術的で高尚な趣を持つこの言葉が、ネットスラングの「メシウマ」と同じ意味を持っているのです。外国人が聞いたら「メシウマ」も学術的な言葉に聞こえるかも、ですが。「トラウマ」みたいに。

で、社会心理学で使われる言葉であると同時に「脳科学」でも使われる言葉だそうですから、何か「ドーパミン(Dopamine:神経伝達物質の一種)」みたいな脳内物質が絡んできそうですね。ハイ、やっぱり来ました。その名は「オキシトシン(Oxytocin)」…。私、釣りが趣味ですので、あの河豚が持っている毒である「テトロドトキシン(Tetrodotoxin)」みたいなのを連想してしまいます。が、これは毒ではなくて、「愛情」や「幸せ」に関わるホルモンだそうですが、その脳内物質が何故だか「人をバッシング(Bashing:叩く、非難する、排除する等々)すること」に深く関わっているそうです。何のことやら…。「愛情」や「幸せ」みたいに、社会の中で「人をつなげる」行動原理のもととなっているものが、それとは真逆の「非難」「排除」の行動に関与しているとは…。

本サイトは雑学系のサイトですから、この「オキシトシン」について面白い事をひとつ。このホルモンは出産や授乳に関わるホルモンで、女性の体内で分泌されますが、これが、男性の脳内にも存在するようです。男は出産も授乳もしないけど…。ですが、このオキシトシンはその性格に影響を与えるようです。「包容力」「協調性」「他者に対して好意的」「育てるという適正(子供が主な対象でしょうね)」とか、考えてみればこれらは社会を構成するうえで必要不可欠な要素ばかりではないですか。ここであの「シャーデンフロイデ」という「メシウマ」の感情に戻りますが、この「オキシトシン」という「愛と絆のホルモン」と呼ばれる脳内物質が、その「メシウマ」を強めてしまうというのです。ハイ、思考の「ラビリンス(迷宮:Labyrinth)」の入り口に立ってしまったような気分になります。しかし、ちゃんと記事の中で説明してあります。分かりやすく。つまり、このオキシトシンは「人と人とのつながりを強めてしまう働き」を持っているとの事なのです。これがどういうことか…。

つまり、その「人と人とのつながり」が切れてしまいそうになると、「私から離れないで」「私たちみんなとの絆を切らないで」「私たち一緒の関係を壊さないで」となってしまうようで、それは「もし、そんなことをすると許さない!」という、いきなり般若の姿に変わる女性(失礼、ご容赦)のような恐ろしさを含んでいるのです。「キャー! 怖いよお!」。あえて「差別」などというご批判はお控えください。世の男性諸君、この恐ろしさ、身に覚えのある方は少なくないと思います。好きな彼女のスッピン顔を始めて見た時のビックリ、ってこれは違うか…。

ハイ、できるだけ簡単に言うと、人は「社会を構成することで生きてきた生物」ですから、その社会という集団にとってネガティブな要素を持った要因、つまり、自分たちと違う行動原理を持った個体を排除しようとする方向に動くのです。古典的な社会ではそれが「盗みや傷害、姦淫」の様な反社会的な行為とか、「ちゃんと働かない、サボる」といったルール違反のような存在がその対象だったのでしょうけど、今や超高度情報社会の中では「人の姿、行為」もその見え方が様々に変化しているのでしょう。特にインターネットという「情報」ではあってもそれが「具体的なキャラクター=人間」となってしまえば、自分と違う考えや行動をとる相手に対して、知らずのうちに「自分の思っている社会(=世界)の関係性を壊そうとしている」と感じ、結果如何で「メシウマ」という状態になってしまうのでしょう。むしろ積極的に「攻撃・排除」という動きになったりとか。

しかし、その「自分の思っている社会(=世界)」も実は様々な形であって、自分にとっては「大多数の」と思える世界が自分一人だけの「物・事」で、そもそもが他者から共有されていなかったりする場合が多いのでは。そうなると「接点」なんてものは誰に対してもありませんから、よくある「炎上」って事が簡単にアチコチで起きてしまうのではないでしょうか。少々具体的に言えば、「目立っている人」「強い主張を持っている人」「成功を誇る人」などなどを「自分勝手なだけで、社会という絆には貢献していない輩」と捉えて、排撃してしまうのではないでしょうか。で、それが自分の成果であれ、相手のエラーであれ、思う通りになった時には「メシウマ」になると。話(理屈)としてはグルリと回ってきて、何やら、本来は「自分の体を守る」免疫が、何かの間違いで「自分の体を攻撃」しているような感じに思えます。

ここでちょっと思いましたけど、これって「戦争」が起きるメカニズムとして考えても、成立するような…。世界秩序という「ありそうでない構造体」を壊そうとしている者(=国)を排除しようとして、攻撃するなら…。まあ、結局は「人間」という生き物がどこかで「出来損ない」であるという事なのでしょうかね。と、斜に構えて見たところで仕方ないのですが、このインターネットが当たり前になった現実の中で、社会という関係性のパラダイムが劇的に変わっていくのは間違いないような…。いや、もうとんでもなく変わっているかも、です。

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