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社会・政治 その43「日本人の生産性 47年連続G7で最下位 なんで…?」


本 タイトルに「えっ!」と驚かれた人はいるでしょうか? 陰りが見えるとはいえ、長くGDP世界第2位の座にあった日本が「生産性」という事に関しては47年(2017年現在)もの間、G7(主要先進7カ国:Group of Seven の略、フランス、アメリカ、イギリス、ドイツ、日本、イタリア、カナダ)の中で最下位であることを意外と感じる方もいらっしゃるでしょうね。しかし、オヤジではありますが、これは若かりし大学の頃からの事であり、既に半世紀近い事実なのです。正直言えば、私も学生の時にそれを知って少しは驚きましたが、実社会に出てからは「なるほど…」という現実を目の当たりにしました。それについては後述するとして…、まずはその数字的実態から。

これは「公益財団法人・日本生産性本部」が発表したデータですが、「生産性」とは、労働者一人あたりが生み出す成果や1時間で生み出す成果を指標化したものだそうです。付加価値や生産額を、労働者数や総労働時間(日本の場合はパートも含む)で割り、スウェーデンの経済学者カッセル氏によって提唱された「購買力平価説(こうばいりょくへいかせつ: purchasing power parity、PPP)」より算出されたもので、国際的な値を用いて円ドルによって換算されています。学術的な説明は割愛して、つまりは比較のできる指標として具体的に見てみると、アメリカと比べると3分の2程度で、G7での2017年の順位を見てみると、「アメリカ、ドイツ、フランス、イタリア、カナダ、イギリス、日本」となっています。

OECD加盟36カ国(経済協力開発機構:けいざいきょうりょくかいはつきこう:Organisation for Economic Co-operation and Development、OECD)の中でも、日本人の労働生産性は時間当たりが4733円で20位、1人当たりが837万円で21位でした(2017年)。ちなみに1位はアイルランドで、時間・1人当たりともに日本の倍近くあります。ここでの「生産性」の順位をG7で見てみると「アメリカ6位、ドイツ7位、フランス10位、イタリア16位、カナダ18位、イギリス19位、日本20位」です。日本は1970年から2017年までの間、堂々たる連続最下位です。

とまあ、数字的なものはこれくらいとして、「真面目で勤勉」と称されてきた日本人の「生産性」がこれほどに低いのは何故でしょうか? 「勤勉」そうにしていて、「実は手を抜いていた」のでしょうか。真面目さはただのポーズだったのでしょうか? 一部にはそういう人もいたと思いますけど、そのような事でかつての世界第2位の「国内総生産(:こくないそうせいさん:Gross Domestic Product、GDP:一定期間内に国内で産み出された付加価値の総額)」を誇る経済大国を実現できたでしょうか。否であると思います。

ちなみに国内総生産には、取引された財やサービスの生産のみが計上され、市場で取引されない活動は含まれません。このため、家事労働やボランティア活動などは国内総生産には計上されません。この点はかつての指標であった「国民総生産(こくみんそうせいさん:Gross National Product、GNP)」でも同じだそうです。ただ最近はこうした指標の中に本来は除外されていたものがサービスとして計上さ入れている場合もあるようです。余談ですが、専門の方はご存知でしょうけど、GDPには「実質」と「名目」があり、要はより実態を正確に測るため、経済状況のみならず、インフレによる価格変動などの変化を排除したものが「実質GDP」です。

少々、説明に字数を裂き過ぎましたが、何故、経済大国であることを誇れる日本人の「生産性が低い」のか、という所に戻ります。2017年の時点で日本はGDP世界第3位の経済大国というプレゼンス(存在感)を持っています。しかし、その「生産性」はOECDの中でも20位。このギャップはどうして生まれてくるのでしょうか。もちろん、アイルランドのようにGDPに関係なく「生産性で1位」という国もありますから殊更「ギャップ」として捉えなくてもいいのでしょうけど(ちなみにアイルランドのGDPは2017年で世界35位です)。ですが、これだけ経済的に発展している日本人の「生産性」があまりに低いのには何か原因があるのでしょうか。ハイ、冒頭で述べた、私が実社会に出てビジネスを通じて感じた事、まあ、一般にそうである事などから考えてみます。というより、原因はけっこうハッキリとしているのですけど…。

キーワードに、まず「時間」があります。生産性の母数にはこの「時間」が含まれますので。つまり、昨今(というより以前から)指摘されている「長時間労働」が常態化していることに最大の原因があると思います。これが、本当に全て「捩じり鉢巻きで頑張っている」姿ばかりであるのなら、一人が何人分も働いているという事になるのでしょうけど、実際は殆どの場合、「ダラダラと会社に居残っている」という「不要な残業」でしょう。そこには殆ど「生産」の実態などありません。上司が先に帰らないから帰りにくい、なんてのもあるでしょう。会議のための資料作りで長時間の作業となり、会議でその資料から何も生産されないという、そもそもが生産性の無い会議なるものが多いというのも事実です。社員は「会議のための資料」を作り続けています。深夜の都会のビルにはあちこちに明かりがついていて、多くの人がそこで何某かの残業をしているのでしょう。これは、生産性の母数を肥大化させて、要は「生産」の実態を「水で薄める」ようなことになっているという事です。大いなる「労働力の浪費」です。

そして、もう一つのキーワードは「対価」です。「役務(仕事)に対する報酬」といった方が分かりやすいですね。先ほどGDPは「取引された財やサービスの生産」を計上したものと書きましたが、上記のものが「財」の価値を「水で薄めている」とすれば、この「対価・報酬」とは「サービスの生産」に関してその価値を大きく下げている原因になっていると思います。分かりやすい例でいえば、最近某配送サービス業が料金を上げましたが、つまりそれまでは「対価」が見合わない業務を多く強いられていたという事であり、ブラックなる言葉で言われている「ノー残業費」なども、「対価」が見合わない労働を強いられていたという事です。これも、生産性の母数となる「労働投入量(労働者数 または 労働者数×労働時間)」を膨らませてしまいます。で、指数となる「付加価値額 または 生産量など」を低いものとして、「生産」の実態を「水で薄めて」います。

他にも、同じ労働であるのに「正」「非正規」との間に「対価」の差が生まれているという実態もあります。こうした事は今現れたもののように見えますが、実は半世紀近く(もしかしたらそれ以上)も前から続いていたことであると、データからは言えます。この国の「勤勉」とは多くの場合「黙々と不当な対価で長時間働いていた」という事だったのです。みなが、同じ目的に向かって同じようにひたすら働いている時代ならよかったのでしょうけど…。それを続けてきた現在に、「豊かさ」など見えてきたのでしょうか。どこから間違ってきたのか、「浪費」と「疲弊」という景色しか現れてこないのでは…。昨今叫ばれている「働き方改革」なるものでは到底解決はできないように思います。

私は、本記事の結びを「解決策」の提案などで〆られるような学者でも研究者でもありませんけど、日本人は相変わらず「勤勉」であると思います。それは美質でしょうけど、とてもそこに正当な「対価」を得ているとは思えません。最近、あちこちで「富裕層」なる言葉を目にしますが、どうにも違和感を覚えて仕方がありません。その人たちは「何をして富裕」になったのでしょうか? 「搾取」なんて古い言葉が浮かび上がってきます。企業の場合、リストラ(大量解雇)が利益を生み、その利益が経営側(株主も含め)を「富裕」にしているという理不尽で本末転倒な構造は、典型的な「亡国」への道であると歴史には記されているのですが。家の柱を削って暖を取っているようなものです。大げさすぎる表現だとは思いません。

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