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社会・政治 その6「権威と権力の分離 絶対権力者を嫌う国 日本」


本 政治学を専門にやった事はありませんので、多少、独りよがりな解釈になるかもしれませんが、歴史好きの私にとって以前から「日本史に於いて不思議に思えてならない事」があります。世界史を見ると「独裁者」なるものは何度も出現しています。ザッと思いつくだけでも、「シーザー」「ナポレオン」「ヒトラー」「ムッソリーニ」「スターリン」、近い所では、ウガンダの「アミン」、イラクの「フセイン」、リビアの「カダフィー」北朝鮮の「金親子三代」など。独裁者となれば個人名が出てきますが、「絶対権力者」となるともっと範囲が広がって、「エジプトのファラオ」「ローマ皇帝」「秦の始皇帝以後の中国各王朝の皇帝」「ペルシャ皇帝」などなどキリがありません。では、日本の「天皇」は入らないのか、と聞かれれば、「入りません」と答えます。ここで私が「絶対権力者(独裁者を含む)」としているのは、「権威」と「権力」を同時に掌握している存在です。
    
では、「権威」と「権力」とはどう違うのか? 政治という事でいえば、「権威」とは「他の何ものとも代えがたく、万人をひれ伏せさせる(崇めさせる)力」であり、「権力」とは「万人を支配する力」であると考えています。「権威」は学問の世界でも「斯界の~」といわれるように、その世界で一目置かれるオーソリティなる存在がいますが、政治的存在(広い意味での)で例に取れば、「ローマ教皇」「イギリス王室」「天皇」でしょう。そこに共通するのは、政治的存在ではあっても「権力」を行使して民衆の「支配」を行わない、という事と、一般的に言われている事ですが、世界各国でその訪問が最も望まれている存在、という事でしょう。ですから日本の「天皇」、および「ローマ教皇」も「イギリス王室」も「権威」ではあっても「絶対的権力者」ではない、という事です。少々、簡潔すぎるかも知れませんが…。
  
ちなみに、ロシアやドイツの大統領は「国家元首(=権威? 象徴?)」としての存在であって、実際の政治には関わりません(=権力は無い)。アメリカの大統領は少々ややこしい。絶対権力者と言えなくもないと思いますが、「権威」としての背景には「各連邦での選挙」がありますから、確かに王様でその権力は絶大なのですけど、肝心の「権威」が絶対ではないので、「絶対権力者」とは言い切れないと思います。まあ「議会に対しての拒否権」という強烈な伝家の宝刀(けっこう、しょっちゅう抜いていますけど…)と「核ミサイルの発射ボタン」というとんでもないものは持っていますが。他国での権力者としての大統領も大体似たようなものでしょう。中国の場合、「権威」はかつて共産主義というイデオロギーであり、実際には毛沢東という人物の中で権力と一体になっていましたから、それは「絶対権力者」です。今は党と権力者が分離しつつあるようですから、習近平を絶対権力者とは言えないでしょう。
    
本題に戻りたいと思います。冒頭で述べた「日本史に於いて不思議に思えてならない事」とは、タイトルにあるように「絶対権力者を嫌う国 日本」という事です。日本において独裁者に近いような存在になりかけたのは「織田信長」だけでしょう。本能寺の変が無かったら、彼は「日本の皇帝」を目指したのでは。天皇も「建武の中興」での後醍醐天皇は「親政(天皇が自ら政治を行う)」と言えなくもないので絶対権力者のようですが、あまりにも期間が短く(2年くらい)、それを支えたのは武士であり、その棟梁であった足利尊氏の離反であっけなく崩壊しましたから、歴史の特異点といったところでしょうか。「大化の改新」も中大兄皇子(後の天智天皇)が主役ではありましたが、それを支えたのは実質的な権力を持っている豪族ですから、親政とは言い難い。「倭の五王(讃、珍、済、興、武)」も天皇としての「諡(おくりな、贈り名)」を以って歴史の中で語られていますが、その存在に関しては未だに謎。
    
つまり、結論からいうと「天皇」とは「権威」であり、実際に「権力を行使した」事実は歴史上、殆ど無い、と言う事です。ですから、天皇を「Emperor」と訳すのは間違いで、あくまでも「Mikado」「Sumeramikoto」「Ookimi」であり、その権威の由来は「神話」を背景とした「神道の最高権威者」であるとするべき、と考えます。それが、第二次世界大戦で独裁者のように扱われたのは、明治(欽定)憲法で、「三軍の統帥権」を天皇に与え、政府がその権威に頼って軍をコントロールしようとしたことに拠るものだと考えます。結果的には「軍の暴走」という混乱を引き起こしてしまいますが。(当時の)日本の憲法に明記されている事なので、確かにそこを外国から突かれれば反論し難い所ではありますが、実態は天皇が「独裁者」であったなど、全くあり得ない事です。天皇はあくまでも「権威」です。

日本においては少なくとも、天皇の称号は天武天皇の時代、という説を前提にすれば、千五百年は絶対的な「権威」が存在し、その「権威」が何人にも侵されなかったのは事実です。つまり、それが容易に「権力」と同化する事はなかったという解釈が成り立ちます。これは不遜な言い方をすれば「独裁、絶対権力」の出現に対する「安全装置」であったと考える事ができます。日本史を眺めるに、「独裁者」「絶対権力者」は事実現れていません。私はそれを、この国(国民、民衆)が嫌ったからだと思います。熱狂しやすい民族性ではあると思いますが、ローマにシーザーを迎える様なシーンは日本史にありません。「独裁、絶対権力」に必要な「権威」を手に入れる事が不可能だったからでしょう。

ある意味、それを生み出さないために、(国民、民衆の総意として)天皇に「権威」を連綿と認めてきた(預けていた?)のではないでしょうか。ちなみに徳川将軍は「Tycoon」であり、征夷大将軍で、あくまでも武士のヘッドです。「源氏の長者」ではありますから、源氏の権威ではありましたけど。「公儀(元は朝廷の事)」と称して権威を演出はしていましたが、実態は武家による封土建国(封建)諸侯連合国家です。最後に取ってつけたような言い方になりますが、日本という国は、「瞬間湯沸かし的な自家中毒」は起こすものの、「独裁、絶対権力」というものの存在を認めなかった、「嫌った」という事、この国の誠に不思議な特質であると思います。

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