テキトー雑学堂 タイトルバナー

その他 その15「ラップ? 純国産は お経に田楽 南京玉簾」


本 ラップはヒップ・ポップ "hip hop" ミュージックの重要な要素のひとつ。加えて、DJ、ブレイクダンス、グラフィティ(よく街中で見かけるあのスプレー缶を使った落書き)。ヒップ・ポップの意味するところは「アフロ・アメリカン(アフリカ系アメリカ人)が、音楽、ファッション、アートを取り入れて生み出す新しいスタイル」の事であるようですが、その元型は半世紀も前の、ミシシッピー・デルタ地帯で生まれた「ブルース」で一度花開いていると考えています。その子孫が都会でまた、新しい文化の創出を図ったという事でしょう。ここは、裏にアフロ・アメリカンの悲しい歴史を抱えているとはいえ、まさにアメリカの文化的パワーでしょう。説明するまでも無いと思いますけど、ラップとは音楽ではありますが、メロディを必要とせず、リズムに乗せて喋るように歌って(?)いくものです。しかし、私は知らなかったのですが、やはり形式があり、なんと「韻」をふむのだそうです。漢詩みたい…。また、似た言葉を繰り返すというのは、ブルースにも見られますが、原型はアフリカの "Call & Answer" (ハマラカヤと呼ぶとヘメレケヤと答えるのをリズミカルに続ける)であると思います。

私個人はラップをあまり(どちらかといえば)好む方ではないのですが(歳…? じゃないです)、既に日本の音楽シーンにも浸透しており、確か1980年代だったと思いますが、「ベスト・ヒット・USA」で一世を風靡した小林克也が「うわさのカム・トゥ・ハワイ」で広島弁ラップというのをやったのが記憶にあります。「来んさい、来んさい、ハワイへ来んさい、わしらぁ、みんな、広島じゃけん♪」とか、って歌詞だったと思います(ハワイ移民には広島県人が多いそうです)。その他にも、日本語でのラップが色々と試みられたようですけど、これまた知りませんでしたが、Wikipedia によると、「押韻(韻をふむ)」に「読経」がベースにされたとか…。お経です。これは、なるほどと思いました。音節(シラブル:Syllable )という、言語音を区切る単位が日本語と英語では違うため、殆どが一音一音節(母音、子音+母音)である日本語(故に世界最小の文学といわれる俳句の五七五や、和歌の五七五七七が可能であった訳です)と、子音のみでの発音や音便化(連なる音が変化する)が日本語の比ではない英語では、ノリが全く違うものになる筈ですけど、お経であれば、メロディとまではいかない抑揚はあるものの、確かに一定のリズムで、ラップに近いノリをもって、日本語の音を連ねて行けます。これには、驚きました。でも、ということは「お経は純国産のラップ」という事も言えるのでは…? ちなみに「ラップ」の由来は、心霊現象などでいわれるコンコンとかいった「ラップ現象(霊が現れる時の音)」と同じ意味です。お経とラップ現象…、余談です。
     
他にも「純国産のラップ」が無いかと思って考えてみると、まず「田楽」があるじゃないですか。田楽とはその名の通り、田植えの時に豊作を祈る歌と踊りです。平安時代中期には既に成立していたようですから、平安の「国風文化(遣唐使廃止以後に生まれた日本独特の文化)」の中で育まれた、まさに純国産。この田楽は広く人々に愛され、やがては田楽を専門とする芸人も生まれ、それは「能」の成立にも強い影響を与えます。民俗芸能である田楽はいくつかの地方芸能となり、ユネスコ無形文化遺産に登録されているものもあります。

で、「田楽って、何?」と思われる方、映画「のぼうの城」をご覧ください。三千の兵しかいない成田勢が、二万を超える豊臣の大軍勢にケンカを売った時代劇です。その中で、忍城(おしじょう)を石田三成に水攻めされ、万策尽きたと見えた時に、野村萬斎の演じる、領主、成田長親が敵陣に小舟を寄せ、訝しがる豊臣勢の前で見せる船上での踊りが「田楽」です。これが、芸能として成り立った後の田楽踊りではないかと思います。とにかく、一定の拍子に合わせ、即興の物語(漫談のようなもの)をテンポよく語り、またそれに合わせて即興の踊りを見せます。豊臣勢は大いにそれを笑い、図らずも敵方の人夫となって労役に使われていた百姓の心も動かし(成田長親は武人としての才はありませんが、百姓領民には大そう好かれていました)、石田三成が水攻めのために築いた堤防を決壊させます。しかし、あの「田楽踊り」は水上の小舟という足場の悪い場所で、中々に見事な演技でした。さすが、能楽師。これは、もうラップです。アメリカでヒップ・ポップが生まれる四百年以上も前にそれと同等以上の芸が練られていたのです。

よく、「日本人はリズム感が無い」とかいわれて、古いアメリカのジョークに「求む、日本人のドラマー」という求人広告がありましたが、とんでもない話です。日本の雅楽や日本舞踊、歌舞伎などには外国人が真似ようとしてもおいそれとはできない「間」という、究極のリズム感が必要です。リズム感が無いのではなくて、全く異質な文化を持っているという事です。なんなら、アメリカで一流のドラマーに「和太鼓」か「鼓」を叩かせてみれば? 多分、リズムどころか、ろくな音が出ませんよ。
     
さらに、田楽以外にもラップ的なものは無いかと考えてみると、ありますあります。「南京玉簾(なんきんたますだれ)」。簾を使って踊りながら、田楽のような歌を語る大道芸です。「アさて アさて アさて さて さて さて さては南京玉すだれ チョイと伸ばせば♪」とリズミカルに語りながら、手にした簾を、釣竿、橋、柳、旗など、様々な形にして見せます。これなども田楽が祖となっているように思えます。「南京玉簾なんか知らない」って方、たくさんいらっしゃいますかね。「日本南京玉スダレ協会」なるものがあって、272人による「最大人数で行う南京玉すだれパレード」としてギネス記録になっているそうです。まさに、民間芸能の底力!

さらにさらに、まだラップのようなものが日本の芸能にないかと考えてみると、またまた、ありますあります。明治時代の大流行歌、川上音二郎の「オッペケペー節」。最初は大阪の落語家が始めたそうですけど、やはり「オッペケペー節」とくれば、川上一座の「新派劇の父」と称された川上音二郎でしょう。赤い陣羽織に後ろ鉢巻という出立で、日の丸の扇子をかざし、踊りながら、これまたリズミカルに「時の世相、話題」などを歌にし、その合間に「オッペケペー オッペケペッポーペッポーポー」との言葉(意味は不明)を入れて滑稽に踊るというスタイル。ムチャクチャに受けたそうです。

1985年のNHK大河ドラマ「春の波涛(はるのはとう)」で川上音二郎を中村雅俊、妻の貞奴を松坂恵子が演じていました。確か、その時のストーリーでは、川上一座が経営難に陥った時、半分ヤケクソで演じた「オッペケペー節」が大ヒットして、一座の難を逃れたとかだったような…。中村雅俊が舞台で演じる「オッペケペー節」は、本物がどうあれ、面白かった。他にも、俳優やアナウンサー志望者ならおそらく必ず発声の稽古でやる歌舞伎十八番の「外郎(ういろう)売り」の長ーい口上、「拙者親方と申すは、御立会の内に御存知の御方も御座りましょうが、御江戸を発って二十里上方、相州小田原一色町を御過ぎなされて、青物町を上りへ御出でなさるれば♪(長いよ…)」もメロディは無いですが、独特の抑揚とリズムで面白いし、故渥美清演じるフーテンの寅さんの「バナナ売り」の口上も面白い。

ヒップ・ポップはひとつの流れでしょうが、日本にもそれに匹敵するほどの芸能がある事を忘れてはいけません(オヤジ口調)。て、ゆーかぁ、別にラップなんて新しいもんなんかじゃなくねー。

その他 目次へ



【商品検索】Powered by Amazon

↑「すべて表示」をクリックするとAmazon.co.jpの検索結果一覧に移動します。

■これからギターを始められる方のご参考にでもなれば。
木の音 バナー
「あれこれブログ風」サイト
「不思議」「怖い」「変」を普通に考える。 バナー
「花を楽しむ」サイト
花を飾る バナー


■サイトポリシー ■プロフィール
■お問い合わせ
ページトップへ戻る

Design by Megapx / Template by s-hoshino.com
Copyright(C) Ureagnak All Rights Reserved.