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その他 その17「にっかり青江 八町念仏団子刺し 名刀?」


本 私は「中の下」程度の「日本刀愛好者」です。「日本刀」の魅力はその刀身の美しさにあるのですが、本来的な価値は「切る」事にあります。とはいえ、今はそのような場面も無く(あったら困る…)、日本刀は「美術品」として生き延びています。管轄は警察ではなく各都道府県の教育委員会。ただし、古い蔵から日本刀を見つけ、それが本身(真剣)であった場合、これは「発見届」を警察に提出して、鑑定の上、登録へと至ります。登録は教育委員会へ。ちなみに、日本刀の登録は「所有者」が対象ではなく「刀」そのものが対象となります。と、能書きは置いといて、日本刀は確かにこの世に存在しますし、刀工もまだ存在します。で、日本刀は、あまりに多くの逸話を持ち、物語を持っています。しかし、ハッキリいってその殆どが伝承で、「ホンマかいな?」という話が多いのも事実です。現在、国宝とされている日本刀は200振り程度だったと思いますけど、その多くが個人所有で、表に出てくることは稀です。で、よく○○所蔵とか、行方が分からなくなった、とか、まあ、殆どは「秀吉のコレクション」として、大阪城とともに焼失しているのではないかと思います。

よく「名刀何々」と言いますが、写真では見る事もありますけど、「本物」を見る機会は余りありませんし、例え、「本物」を見たとしても、その真贋を見抜く目があるかどうか。日本刀には贋作が多いと聞きます。中には、偽物の方が見事だったり、ってな事もあるようです。そこは「絵画」とは違う「工芸品」だからでしょう。正直言って、私は「名刀」というものをあまり信じていません。優れた日本刀があるとは思っていますけど。ある本で「昭和の軍刀」に関する記述を読んだところ、将校クラスで名家の者は「伝家の宝刀」なる代々伝わる名刀を軍刀として拵えに収め、戦場に臨んだそうですが、いざ白兵戦となり、その「名刀」を抜いて勇ましく敵に切りかかるとよく折れたそうです。官給品の軍刀の方が切れたとか…。本当に歴史に名を遺した名刀なら、鍛え上げられているでしょうからそんなに簡単に折れる事は…。日本刀の真贋は分かりません。
    
日本刀で「紙」という言葉がありますが、これは「鑑定書」の事です。日本美術刀保存協会、日本刀剣保存会の二つの団体が発行していますが、私も「紙付き」のものを一振り持っています。鑑定の決め手となるのは鑑定者の「目利き」です。それに叶えば、「これはこの時代の、この刀工が打ったものに間違いない」と、まさにお墨付きが出る訳です。ちなみに、刀には「銘」が必ず彫ってあるものと思われている方も多いと思いますが、「銘」を彫るとは、柄の部分の中に入る茎(なかご)に鏨で、製作者の名前などを彫る事ですけど、「銘」を彫るのはおそらく「依頼者に望まれた場合」「奉納する場合」位だと思います。戦国の時代で日本刀は実用品ですから「銘」など必要なく、殆どが無銘です。ですから、「無銘に贋作無し(まあ、当たり前ですけど…)」という言葉があります。以前「何でも鑑定団」に「鬼切」と銘の彫られた日本刀が出ましたけど、見ていて「んな、あり得ねえ」と思って見ていたら、当然、贋作でした。よくある事です。それほどの刀でもないのに、億の値段が付いたりしたものとか…。「銘」など、簡単に真似できますから。で、能書きはそれ位にして、日本刀についてあまりご存知で無い方でも楽しめるような事を書いてみたいと思います。ここまで書いた事は、良い意味で日本刀を(プロの非難を覚悟で)「無責任」に楽しもうという為の拙い煙幕です。

「名刀」といわれるものは数々あります。中には「愛称」のような呼び名を持つものがあります。その中で面白い名の筆頭は「にっかり青江(あおえ)」です。「にっかり」とは「にっこり(微笑む)」の事で、「青江(あおえ)」というのは、その刀を打った刀工の一派の名前です。名前の由来は、夜、「にっかり」と笑う女の幽霊が出て、それを切り捨て、翌朝それを確認したら石灯籠が真っ二つに切れていたという伝説によります。様々な人の手を経て、太平洋戦争後、流出(アメリカでしょうね)したそうですが、今は某市の資料館に保存されているようです。おそらく、目にすることはできないと思いますが…。お次は「八町念仏団子刺し(はっちょうねんぶつだんごさし)」です。司馬遼太郎の「尻啖え孫市」で有名な雑賀孫市の子孫に伝わる刀だそうで、切った相手が念仏を唱えながら八町(約870m)ほど歩いて行ったところで真っ二つになったとか。「団子刺し」というのは、「確かに切ったはず」と、それを確認するために刀を杖にして相手を追ったところ、その刀に道の石ころが団子のように串刺しになっていたという事に由来するそうです。この刀、関東大震災で焼失したとか…。
  
お次は「圧切り長谷部(へしきりはせべ)」。「圧切り」は「押して切る」の意で、「長谷部」は刀工の名前です。織田信長が無礼な茶坊主を成敗しようとしたら、茶坊主は棚の中に隠れ、刀が振るえません。怒った信長は茶坊主の身体に刀を押し付け、そのまま茶坊主を真っ二つにしたとか。お次は超有名な「童子切(どうじぎり)」です。源頼光が酒呑童子の首を切り落としたという刀です。この名前、字だけパッと見ると「子供を切る…」ってな意味かと思ってしまいます。その源頼光の家来である四天王の一人、渡辺綱が鬼の腕を切ったとされる、これまた有名な「鬼切(おにきり)」。不謹慎ながら「オニギリ」って読んじゃいませんか? これが源氏の頭領の刀、「髭切(ひげきり)」で、「源太が産衣(げんたがうぶぎ:甲冑)」と合わせて、源氏の嫡流の証とされていたようです。が、嫡流そのものが特定はできないと思うのですけど…。ちなみに「髭切」とは、試し切りで罪人の死体を切った時、その髭までが切れたという事に由来する名前のようです。現在は某神社が保存しているとか…。余談ですが、「銘」に「三ッ胴切」とか「四ッ胴切」と彫られている刀があるようですが、これは罪人の死体を三つ、もしくは四つ重ねて試し切りをして、それを見事に切った刀という意味です。それが、その刀の「性能」を表す言葉だった訳です。
    
ズッと書いていったらキリがありませんが、殆どが「伝説」のようなもので、例えば、これも有名な上杉謙信の愛刀であると伝えられている「姫鶴一文字(ひめつるいちもんじ)」名前の由来は、元々は太刀(長い)であったものを実戦用に短く磨り上げる(茎を切り詰め、刀身部を落として短くする)ように研ぎ師に命じると、その研ぎ師の夢に、「鶴」と名乗る美しい姫が現れて「私を切らないでください」と懇願し、その夢を何度も見るので、それを謙信に伝えると、太刀の磨り上げは中止されたとか。「一文字」は刀工の名前。実際には磨り上げられたようですが、この「鶴姫一文字」はその拵え(刀の柄や鞘)の方が有名かな(?)、と思います。刀の「鐔(つば)」が殆ど無い(小さい)、刀には珍しい、短刀のような「合口拵え」で、その理由としては「いったん刀を抜いたら、鐔競り合いをする事も無く、一刀で相手を切り斃す」気概を表すためだそうです。高倉健の「長ドス」のようですね。

話が逸れますけど、あの健さんが振り回す「白鞘の長ドス」、非常に危険な行為です(まあ、映画ですから)。「白鞘」は「休め鞘」といわれ、刀身を保存しておくための鞘です。ですから、戦闘用には作られていません。あんなの振り回したら、手が滑って飛んで行くか、柄が割れるか、です。好い子は真似しないようにしましょう。日本刀には、徳川家を呪った「妖刀村正」とか、「抜けば玉散る氷の刃」の「村雨(これは架空の刀)」だとか、とにかく様々な逸話がテンコ盛りです。ちなみに先の「童子切」も含まれる「天下五剣」については改めて書いてみたいと思っています。最後の余談ですが、刀や剣に比べて、同じ武器でも「銃」には逸話的なものが少ないですね。やはり歴史が浅く、素性が知れているため、刀ほどの「妖しさ」が無いからでしょう。

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