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その他 その18「服部名人 大塚貴汪 元祖釣りタレント」


本 私は瀬戸内海沿岸の某地方都市の出身です。子供の頃の遊びといえば、沼や川、海を問わず「釣り」か野球です。野球は「三角ベース」、って、ご存知ですか? ベースが三角なのではなくて、グランドが三角なのです。要するにベースが一つ少ない(三塁がない)のです。これなら、人数が少なくても、空き地さえあれば楽しめます。昔は「原っぱ」って、田舎ですからどこにでもありました。と、話が逸れましたが、本編のテーマは「釣り」です。子供のころから釣りをして、その楽しさは歳を取っても続いています。今は主に船釣りですが、結婚してしばらくは釣りをやっていなかったのですけど、釣り歴といえば数十年です。初めて釣ったのは、沼のザリガニや田んぼのカエル。カエルって釣れるのです。竿も針もいりません。釣りが趣味ですのでノリで「船釣りサイト」を作ってしまい、恥ずかしながらその中に「カエルの釣り方」を書いています。ご興味があれば、是非。

で、テーマとさせていただいたお二人ですが、服部名人は本名「服部善郎(よしろう)」。しかし、服部名人の呼び名の方が断然通りが良いです。この呼び名はかつての金曜イレブンで司会をやっていた大橋巨泉が付けたそうですが、あのころの金曜イレブンは麻雀に競馬にエロに「イレブン・フィッシング!」。大人の遊び満載です。当時私は小学生でしたから、11PMなんて見てようものなら親に「早、寝ぇっ!」と間違いなく一喝されました。しかし、田舎の夜は早いのです。親の方がもう夜の11時には寝ています。私は「お茶の間(昔のリビング?)」、で寝ている振りをして、その11PMをコッソリとみていました。麻雀や競馬は当然分からないのですが、イレブン・フィッシングがお目当てです。エロはね…。まあ、子供とはいえ、男ですから…。と、それは置いといて、当時のイレブンフィッシングで見る「釣り」は子供にとって「異次元の釣り」!
   
まず、道具が違います。その頃、ベイトリール(両軸リール)は輸入物のペンやアブ・ガルシアで、値段もご立派。私たちはその形状から「太鼓リール」と呼んでいました。高嶺の花で、それがもうカッコいい! 余談ですけど、私がいまだにアブ・ガルシアのリールばかりを使っているのはその時の影響です。竿やスピニング・リール(投げ釣りに使います)はダイワやオリンピック(懐かしい…)など、そこそこのものはありましたが、服部名人が手にしているのはいつも最先端の竿と高級リール。電動リールなんてのもこの番組で知りました。そして、道具ばかりではなく、釣れる魚がこれまた凄い。瀬戸内海の沿岸で投げ釣りして釣れる魚とは違い、「異次元」の魚たちです。瀬戸内海ではカワハギもウマヅラも「ハゲ」と呼び、同じようなものだと思っていましたが、その「ハゲ」ですら何ともデカイ! シイラなど、この世のものとは思えない異形の巨大魚に見えました。マダイ、ヒラメ、ワラサ(西ではハマチ、ブリ)、どれも子供の釣る手の平サイズではなく、巨大! 「ホンマにあがいなんが釣れるんじゃ!(方言:本当にあんなのが釣れるんだ!)」と、毎週、イレブン・フィッシングを楽しみにしていました。その番組で釣りの腕を振るっていたのが「服部名人」です。それまで、釣りはどちらかといえば田舎の遊び、といったイメージが強かった記憶があるのですが、トローリングでのカジキマグロとのファイトなどを目にして、それが自分たちのやっているものと同じ「釣り」なのか(違いますわなあ…)と単純に驚きました。
    
服部名人には「釣りをスポーツにまで高めた」という評価がありますけど、私にとってはもっと素朴に、釣りをする人が芸能人みたいにTVで有名な人になる、という事の方が意外でした。その意味で服部名人は「釣り」というものをTVのコンテンツになるほどメジャーにした最初の方だと思います。私が船釣りを始めたころは、服部名人が考案した「長竿の置き竿コマセマダイ釣り」が全盛で、今でこそ道具も色々ですが、その当時は相模湾でも久里浜でもマダイを釣るなら、ムーチング長竿(しなやかに曲がる)にコマセカゴ(撒き餌を入れるカゴ)、そして長ハリス(駿河湾や伊豆などでは12mから16m位の長さ…)一色でした。

私が最後に服部名人の姿を映像で見たのは冬のマダイ釣り番組だったように記憶していますが、その日はサバばかりで、「いくら名人でも、サバには手こずるわなぁ」と思って見ていたら、名人、「これ、美味いんですよ」とニコニコ。確かに、本命ではないにしても寒い時期のサバの食味は絶品です。相当お年を召してはいましたが、本当に楽しそうにサバを釣り上げられていました。そして、番組の後半では、ヒトツテンヤマダイという新釣法(軽い錘に針が付いたテンヤという仕掛けでマダイを狙う)にトライするという事で、自ら錘の鉛を溶かして型に流し込み「テンヤ仕掛け」を自作されていました。あの、画期的なコマセマダイ釣法の開発者が、あのお歳でまだ「新しい釣り」に挑戦されている。服部名人の本当の魅力は「釣る腕」ではなく、「釣りの楽しさ」を見る者に伝える「名人」であると思います。釣りを愛好するものが氏から受けた恩恵は、言葉を超えています。
    
そして、「大塚貴汪(たかひろ)」。ちなみに、服部名人と大塚貴汪は故人です。服部名人は2011年、82歳、大塚貴汪は2012年に56歳で。若すぎる…。大塚貴汪の訃報に触れた時、服部名人の時と同様、「もうあの楽しそうな釣りは見られないのか…」という寂しい気持ちになりました。氏も服部名人と同じく、「釣りの楽しさ」を画面から伝える「名人」であったと思います。私の趣味の釣りが、投げ釣りから船釣りに代わっていったのも氏の番組を見てからです。ヒラメにマダイにオニカサゴ。正直、船から釣るとあんな大物が簡単に釣れるのかと思いました。それが勘違いであった事はすぐに証明されましたが…。大塚貴汪が提唱したライトタックル(軽い竿、リール、仕掛けでの釣り:服部名人も取り組んでいました)での釣りには、少々馴染めない所があったのですけど、その氏の番組は、「釣り」を超えて楽しいもので、特に「カワハギ釣り(東京で釣りをして、初めてカワハギとウマズラは違う魚だと知りました)」。最後の頃の大塚貴汪は「カワハギ命」だったようです。最後に見た氏の映像も「カワハギ釣り」でした。カワハギ釣りは非常にゲーム性の高い(腕の差がモロに出る)釣りもので、大塚貴汪のあの手この手の釣法は、見ていて楽しいだけではなく、非常に参考となりました。

この両氏に通じるのは、テーマに掲げた「元祖釣りタレント」ではありますが、その「名人」級の腕を持ちながら、ハウツーをひけらかすのではなく、とにかく、楽しそうに「釣りを語る」事が一番の共通点だと思います。大塚貴汪の訃報を知ったのは新聞でですが、実は一ヶ月前に亡くなられていたようです。氏の要望で、亡くなられたことを伏せられていたとか。その訃報に触れて、自分の「釣りサイト」に思わず記事を上げると、少なくない人がそのコンテンツにアクセスされてきました。今でも、アクセスされてくる方は少なくありません。同じような気持ちを持たれた方が多いという事でしょう。

「ひとつの時代」という言葉があります。服部名人の訃報にはまさにその「一つの時代」が終わった事を強く感じました。私が子供のころに憧れ、船の上で楽しんできたのは服部名人がその基本を創り上げた釣りです。そして、大塚貴汪の場合は、変な表現ですが、「親しかった知り合いを亡くしたような」寂しさを覚えました。歳も近かったので(大塚貴汪の方が上ですけど…)。いずれにしても、あのカワハギ釣りを始める時の「戦闘開始」のような準備といい、アオリイカ釣りの時は自らが開発した「餌木(疑似餌:アオリーQ)」を山ほども用意していたシーンといい、とどのつまり「釣り」は楽しい「遊び」であることを思い出させてくれます。釣果にイチイチ一喜一憂するのも釣りですが、貧果が続いても、また行きたくなります。おそらくは自分にとって最後まで続く楽しい趣味「遊び」が釣りであると思います。月並みではありますが、御両名のご冥福を心よりお祈り申し上げます。「楽しませていただき」、ありがとうございました。

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