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その他 その21「天下五剣 それはよくあるパターン」


本 「天下五剣」と呼ばれる名刀があります。これについては本篇の「その他その17」で「いずれは書いてみたい」としていたテーマです。そろそろ書いてみたくなりましたが、実は「天下五剣」なるものを称賛しようと思っている訳ではありません。不遜ながら「それはよくあるパターン」であると思っています。「三大○○」「七大○○」「○○七賢」「○○十哲」「○○十人衆」とかいった表現はそれこそゾロゾロありますが、同じ表記でその内容が違う場合もあります。例えば古代世界での「世界の七不思議」といった場合、現存しているのは「ピラミッド」位でしょうし、その対象が違うものになっている場合もあります。つまりは語呂の良さで「三大」とか「七不思議」となっている訳で、そもそもその数字にあまり意味はないと思います。別に「物事を斜に見よう」とするつもりはないのですが、「それは誰が選んだの?」と突っ込みたくなるのです。

この「天下五剣」なる言葉が古い文書で見られることは無いようです。人口に膾炙(かいしゃ:広く人々の口にのぼる)されてきたのは事実ですが、そもそもの根拠はない言葉です。一部の高名な明治期以降の刀剣研究家がこの言葉を使っているようですけど。また、実も蓋も無い事を言うようですけど、日本刀も現代では「美術品」とされていますので多くの贋作が存在します。如何せん、古刀となると平安時代末期から鎌倉時代ですし、末古刀(すえことう)も室町時代中期から安土桃山時代であり、要は戦乱の中でどうなったか記録が残っておらず(あっても焼けている)、伝承、家督としての継承がその「日本刀の素性」の根拠となっているのでしょう。大雑把にいえば慶長年間(1596年から1615年)を境に「古刀」「新刀」と分けられていますが、言ってみれば「闘った日本刀」と「あまり闘っていない日本刀」という事でしょう。その「闘った」方の日本刀に「天下五剣」なるものがあるという事です。
    
「中の下」程度の日本刀愛好家としては、その美しさに魅入られるのですが、日本刀本来の「価値」である「切れ味」については、図りようがありません。江戸期までは「三ッ胴切」「四ッ胴切」といったように、死刑になった罪人の身体を積み上げて、いくつまで切れたかという、一種のスペックが銘に切られることもありましたが、現代でそんな事はできません。せいぜい、巻き藁か畳を斬る程度です。しかし、名刀ともなると国宝ですから、切れ味を試すなど無理です。そもそも豊臣の時代に「刀」が非常に価値のあるものとなり、特に「正宗」などは城一つに匹敵するとかで、それを領地に変わる褒章として武功を上げた者に与える為、本阿弥家を認定機関として「紙(お墨付き)」により「これは確かに正宗である」としていたようです。なぜなら、正宗には銘が切られていないので、「目利き」で判断するしかなかったからです。

正宗の贋作は多いようですが、江戸末期の名刀匠「水心子正秀(すいしんしまさひで)」が正宗を完璧に模倣した刀を打ち、それを本阿弥家に鑑定依頼したところ、「まさしく正宗」という事になったという逸話があります。「水心子正秀」は自分の腕を自慢したかったのか、ただのお茶目な刀匠だったのか…。もしかしたら、鑑定に対しての皮肉だったのかも…。
    
と、ここまで長い、色気のない事を書いておいて、「天下五剣」に行きます。「童子切(どうじきり)」「鬼丸(おにまる)」「三日月宗近(みかづきむねちか)」「大典太(おおてんた)」「数珠丸(じゅずまる)」。どれも、東京博物館や皇室御物などとして、現存する刀ですが、まず表には出てこないでしょう。国宝ですから。童子切などは「六体の胴を切った」刀だそうです。鬼丸は立てかけて置いた刀が倒れ、その際に銀の細工物の鬼を切ったということです。三日月宗近は史上最も美しい日本刀と評されていますが、気になるのは「豊臣秀吉」の手を経ていることです。織田信長の「名品好き」を真似したのか、褒章用か、かなりの名刀が秀吉の元に集められたといわれています。で、秀吉の死後、大阪城は丸焼けで、そこに集められた名刀もすべて丸焼け…。という事なのですが…。「大典太」は前田利家の刀で、前田家の家宝だそうですけど、これも秀吉と関わっていますから、勝者である秀吉がそのような名刀を見逃すでしょうか…。「数珠丸」は日蓮が所有していた刀とされています。名前の由来は「柄に数珠」を巻いていた事にあるそうです。まあ、お坊さんですからね。信者から護身用に送られたという事ですけど、この刀、江戸時代に一度行方不明になっていて、大正時代に見つかったとか…。

あの、何を言いたいかといいますと、殆どの人が見た事も無いのに「天下五剣」として語り継がれているという事実です。半村良の「牛の首」という短編がありましたが、何でも「牛の首」というのは「口にするだけでも恐ろしい話」で誰も怖がってその話をしない。で、誰もその話を知らない。というオチでした。

日本刀は本来「斬って」なんぼ、ですが、「眺めて」も美しいものです。斬るのは当然ご法度ですので、眺めてこその、美術品として存在を許されている「武器」です。慶長以降、江戸時代に入って、実際に刀が戦場で振るわれる機会も殆ど無くなり、日本刀は伝説の世界に入って行ってしまいます。私自身は昭和刀が好みなのですが、末古刀(多分)も一振り所有しています。持っている日本刀は全て無銘です。日本刀の美しさは「実戦」を前提にしたものであると思います。斬れる(斬れそうな)刀は美しい。言い伝えや伝説・伝承・伝奇の中に入って行ったものにどうも、リアリティを持つ事ができません。今や「天下五剣」はアニメやゲームの中で活躍しているようです。日本刀が「伝説の宝物」のようになってしまうのには違和感があるのです。日本刀とは、例え名は無くとも「闘う気概を持つ者が手にする」が故に美しいと思っているのですが、日本刀愛好家の皆様はいかがでしょうか?

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