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その他 その8「ゴルフ場大国 日本 なぜ世界に通用しない?」


本 手元にゴルフに関する一冊の本があります。作者は、故夏坂健(なつさか けん)。本のタイトルは「ゴルファーを笑え」。氏のゴルフに関する造詣は深く、ご自身も長くシングルの腕前を維持していたゴルファーです。2000年に亡くなられましたが、この本は、まだ私自身も物書きの端くれだった十ン年前に、ゴルフに関する事を書く破目になり、色々と資料を集めている時に出会いました。引っ越しの繰り返しで、かなり本は処分しましたし、家人の実家に置いたままの本もあり、今手元にある氏の本はこの一冊だけです。他にも「ゴルフの達人」とか、色々あったと思ったのですが、もうかなり前の事なので、その本もどこへ行ったやら…。しかし、氏のいくつかの著作の中で、この本が一番面白かった。ですから、書斎(狭い…)の本棚に残しておいたのだと思います。氏の著作をご存知の方は、私もそうですけど、「ゴルフはやってナンボの楽しみ」、もしくはプロのプレイを見て楽しむもの、と思っていましたが、まさに「読んでも楽しめること」を教えてくれました。断っておきますけど、レッスン書の類ではありません。それなら腐るほど読みましたが、楽しくはありません(上手くもなれません…)。この「ゴルファーを笑え」には大いに楽しませてもらい、要は遊びであったゴルフについて、その面白さを考える世界に連れていかれました。
    
本にはまだ帯が残っていますけど、色が焼けたその帯にこう書いてあります。「1時間だけ幸せになりたかったら、酒を飲みなさい。3日だけ幸せになりたかったら、結婚しなさい。もし永遠に幸せになりたかったら、ゴルフに溺れなさい!」。これは本来、最後は「釣りを覚えなさい」で、もうひとつ間に「1週間幸せになりたかったら、豚を殺しなさい(食べるって事です)」があったはずですけど、この言葉が広がった由縁についてはいくつか説がありますが、開口建の「オーパ!」が有力です。それはさておき、私は釣りもやりますが、「ゴルフに溺れなさい!」という言葉には同じく通じるものがあります。どちらにもドップリハマりましたから。今は釣りオンリーです。ある事でゴルフが「嫌」になり、それがキッカケで、一人でも楽しめる釣りばかりで遊ぶようになりました。その「嫌」なことというのは、「ゴルフは4人(複数)でラウンドするもの」に理由があり、麻雀を止めたのも似たような理由からです。
   
なぜ、私はゴルフをやらなくなったのか。複数でラウンドするゴルフの特徴故です。所詮遊びといっても、そこには「どうしようもない」人の本性が見事なくらい現れます(大した事でもないのですけど…)。それを笑いとばしているのが、夏坂健の「ゴルファーを笑え」です。本の中にこのような言葉があります。「ゴルフはまぎれもなく偉大なゲームだ。しかし、プレーを演じてみせるのは、私も含めて、ちっぽけな人間」。名言、箴言の類でもなく、ヒネリもなく、そのマンマの言葉です。しかし、これがすべてだと思います。本の内容はネタバレになりますので極力控えますが、これは「何で勝っても勝ちは勝ち?」という一節の中にある言葉です。そこに書かれているのは、プロ同士の、良く言えば「心理戦」、悪く言えば「ハメ合い」。

ちょっとだけ紹介すれば、グリップについて質問され、日頃考えていなかったゴルファーが急にそれを考え出し始めて自滅していく。そのお返しとばかりに今度は、パターを打つ時に息は吸うのか吐くのかと質問して、相手はそれが気になり、パターが入らなくなり、お互い様というオチ。実際、この本とは関係なく、ゴルフをよく知っているある方に聞いたのですが、アマチュアとてタイトルがかかると、相手のショットの時にわざと何かを落として音をたてたり、手袋のマジックテープを剥がす音をたてたり、クシャミをしたりとか…。まあ、リアル(生臭い)な話です。プロ野球でもキャッチャーの囁き戦術というのがありましたけど。
     
私もその「人間臭さ」を笑って楽しめればよかったのでしょうが、どうも「人のイヤな所や、セコイ所」が見えると、自分もきっとそうなのだろうと気が滅入る事が多くなり、結局、次第にゴルフから遠ざかって行きました。まあ、飛距離ばかりに血眼となるヘボゴルファーでしたから、ゴルフ人口が一人減ったところでどうという事もないでしょう。しかし、ゴルフというのは「大の大人が、子供になって」しまう位、楽しい遊びなのです。その中で「大人」であることは誠に難しい。故に「ゴルフは紳士のスポーツ」と殊更に言わねばならないのでしょう。雑駁に言えば「紳士でも気取ってなきゃ、やってられない」遊びです。プロとて「紳士」であることは難しいでしょう。かの球聖ボビー・ジョーンズでさえ、思うようにスコアメイクできず、頭にきてゴルフバッグを池に投げ捨てたというエピソードがあります。

オールドマンパー(OLD MAN PAR:パーおじさん:黙々と各ホールでパーを取って行く)という言葉は、そのボビージョーンズが唱えたという事ですが、ゴルフとは誠に不思議なスポーツで、複数でラウンドしながらも、一人で「止まっている」ボールを打ち続けて戦う訳です。相手の技量など、本来、関係ありません。「架空のオールドマンパー」がいるだけ。野球なら150キロ超のボールをピッチャーに投げ込まれますけど、ゴルフはひたすら「相手は自分」でしかない訳です。一番「嫌」な敵は「自分」…? ゴルフで、この「自分」と戦わずして、「相手」ばかりと戦っている人が多いように感じます。いもしない「相手」と。偉そうなことをいうつもりはないのですけど、日本人にはそういう人が多いような気がします…。あんまり外国人、知らないですけど…。
   
ちなみに、国別のゴルフ場数ですが、ゴルフ大国のアメリカは17000カ所以上でダントツ。続くのはイギリスと日本、カナダで、2500カ所前後。この4カ国で世界のゴルフ場の7割以上を持っています。あと1000カ所以上あるのはオーストラリアで、他は皆1000カ所以下。この数字を見たら、日本はゴルフ(場)大国。もっと日本人は世界でメジャーを制していてもおかしくないと思うのですが、男子は未だに0…。なぜなんでしょう? お向かいの国はけっこう世界で活躍していますが、あちらは国策並みに力を入れていますから日本とは単純比較できないのですけど、結局、「日本人は一人で戦う事に慣れていない」という事なのでしょうか? それとも、日本人のやっているゴルフは世界基準とは異なっているのでしょうか?

夏坂健の「ゴルファーを笑え」の中に、そのヒント(?)になるような言葉が書かれています。日本のゴルフ黎明期に多大な貢献をされたイギリス人である某氏がまず「~ゴルフは日本人に適しおり候。強靭な精神、忍耐強さ、動揺の片鱗も見せぬ平静さ、昂ぶりを押さえる非凡な資質~」。いつかは世界を制覇するような選手がこの日本から輩出されるであろうと言いながら、その日本人の最大の弱点も指摘しています。「~かつて、敗北の憂き目を知らぬことである~」。まだ、そのころの日本は戦争で外国に負けた事が無かった時代です。で、第二次世界大戦でボコボコにやられてしまった…。負けの憂き目を知ったのにダメだとしたら、そのイギリス人の予言(?)は見事にハズれたという事になります。負ける事を受け入れられない、負けた事を上手く自分の中で処理できない…。そこで止まってしまうのでしょうか。

もう一度、彼のイギリス人が讃えたような「日本人の気質」を取り戻さないと。彼のイギリス人の言葉は、「自分と戦う」強さの事を言っているのではないでしょうか。その自分が希薄になっては、ゴルフという特殊なスポーツでは勝てないような気が…。相手がいる戦いなら、強い方が勝つだけです。自分との闘いでは何かの拍子で、いきなり強くも弱くもなるのでは? これほどゴルフに慣れ親しんだ国ですから、技術は十分持っている筈でしょう。あとは、自分と戦う習慣が…。

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